第2セッション「知財人材の育成はどうあるべきか」

座長高倉成男氏
一色正彦氏
大淵哲也氏
竹中俊子氏
中島 淳氏


座長 高倉成男氏

(高倉) それでは、第2セッションに移ります。基調講演では竹田先生の方から知的財産の人材と知的財産創造立国につきまして、非常に包括的で網羅的で、 かつ具体的なご発言をいただきました。また、第1セッションでは、今後の知財の人材に求められる期待像、その資質や能力、センスといった点についてかなり 深い議論が行われましたので、これ以上あまり議論するところもないという気もしないではないですが、今日ここには知財教育の現場のエキスパート、国内外か ら第一線の方々に参加していただいておりますので、基調講演と第1セッションのまとめを踏まえて、どのようにして知的財産人材を育成していけば良いのか、 その方法論における、現状と課題について、議論を深めていきたいと思っています。
 早速ですが、最初に企業の目から見て、企業の知財分野で働く職員、あるいは技術分野の方たちも含めて、今、知財人材の研修の育成はどのようになっている のか、そして、今後どのようにしていこうとしているのか、そういった話について、松下電器の一色委員の方からお話を伺います。特に一色さんは金沢工業大学 でも教鞭を取っていらっしゃいますので、そういったところも含めてお話をいただければと思います。よろしくお願いします。

企業における法務・知財教育の現場


一色正彦氏

(一色) 松下電器、一色です。よろしくお願いいたします。
 私は企業の立場で、実際に松下グループで行なっている例などをご紹介しながら、法務・知財教育をどのような目標で、どのような方法で行っているかという ことをお話しさせていただきたいと思います。企業にとっては、実際に知財紛争が起こらないまでも、いろいろなパートナーシップの契約を結んだり、合弁会社 をつくったりという提携関係を日々行っています。これらの中にいろいろな潜在的なリスクや問題がありますが、それが具体化するとき、もしくは具体化する前 に迅速に問題を解決する能力が問われています。
 その中で、我々は一般社員、研究者、技術者を含めて、最もターゲットとしている法務・知財教育の学習目標は問題発見能力の育成です。初見で課題がどこに あるか、その課題を見て危ないと思ったら専門職にいかにタイムリーにつなぐか、ここに一番の学習目標があります。(図)。
 この法務・知財社員につきましては、すでに公表されているところで申し上げれば、松下グループには約300人の法務社員と約800人の知財社員がいま す。おそらく数においては日本で最も多い社員数だと思いますし、社内弁護士、弁理士も正確な数は相当数います。IT教育研究所では、法務・知財分野につい て、問題発見後、その問題を迅速に解決するために、専門職がどんな能力を身に付ければよいか、そして、具体的に問題を解決をすることによって、企業の中で 如何に価値を高めるか、ということに重点的に取り組んでいます。
 では、その方法論ですが、やはり問題発見能力において最も重要なのが、実事例に基づく事例学習であると考えています。当然、法務・知財社員は世界中でビ ジネスをしておりますので、たくさんの実体験があります。それらから解析して初期行動で何が課題であったか、どう行動することで大きなトラブルが避けられ たか、価値を高められたかということを解析します。そして、その内容を具体事例に落として社員に実事例教育を行います。次にそれを受けた法務・知財社員に とって重要なのは、それを解決するための戦略的選択肢を如何に幅広く考えられるかということです。知財の問題だから特許だけというのではなく、発想を変え て例えばファイナンスの視点を持つ等、幅広い視点で、しかも具体的に解決できる能力のトレーニングが必要です。
 さらに企業としては、まじめにトレーニングをしてレベルが上がった人にきちんと報いないと継続性が確保されません。そのために、例えば英語の教育では、 現在TOEICという制度を積極的に利用して昇格要件化しています。例えば知的財産検定、ビジネス法務検定など、いろいろな民間資格ができていますが、良 いものがあれば、それを昇格要件やインセンティブにすることも検討すべき課題です。また、目標管理制度や達成度評価に法務・知財分野の学習の達成を組み込 む方法もあります。まじめに学んで、レベルが上がった人がきちんと評価されることが重要です。問題発見から問題解決能力を育成し、適正な評価により継続が 確保される仕組みを制度設計として取り組むべきであると考えています(図)。
 現在、松下グループには約34万人の従業員がいます。そのうちの日本人はすでに50%を切っています。中国人だけでも約2万人の社員がいます。この環境 下で最も効果的な学習は何であろうかというテーマをIT教育研究所で検討したところ、少人数で実際に集まって課題を考え、自分たちが切磋琢磨するReal  Class(ネットやメールを用いるOnline Classに対してこう呼んでいます)が最も効果的な学習方法ではないかという結論になりました。 (図)。
 しかしながら、全社員が、すべて集合して学習を行なうReal Classに時間を多く費やすというのは、企業にとって費用対効果において課題がありま す。このため、IT教育研究所では、Real Classの学習内容の何%かを切り出して、eラーニング化する方法によるハイブリッド学習プログラムに取 り組んでいます。例えば、問題発見能力について、実事例をeラーニングで学習して、あるレベルに到達した者が集まってチームで演習を行なう方法です。その チーム演習も例えば、集合時間の学習価値を高めるためにオンラインでいろいろなネットチャットや議論を繰り返して、最後に集まる方法です。そして、この チーム演習では、実事例に基づくケース・メソッドや、契約交渉に対するロール・プレイングメソッド等により、集合して最も価値のある方法により、実践的な 能力を身に付けます。
 このハイブリッド学習プログラムは、1996年から、アメリカデューク大学のエグゼクティブMBAコースをモデルにIT教育研究所が独自に開発して取り 組んでいるものです。、また、私が担当している金沢工業大学大学院の知的財産プロフェッショナル・コースの授業や、東京大学先端科学技術研究センターが主 催する先端人材育成オープンスクールの授業においても、このハイブリッド学習プログラムを行なっています。
 これは、事例学習のためのeラーニングのデモ画面です(図)。例えば事例問題によるネット診断は、20問から30問の実際に起こった事例から作られた 設問に対して、4つか5つの非常に微妙な選択肢から、学習者が自ら考えて適切だと思う選択肢を選びます。そして、その結果に対して、設問の分野や特性毎に 何が学習者の課題かを可視化して、レーダーチャートでフィードバックします。学習者は、フィードバックされたものを見て、自分が不得意なところを中心に設 問の事例を解説したeラーニングで学習します。
 設問は、松下グループで実際に経験した事例に基づき作成しています。先ほど知的財産検定というお話をしましたが、この検定では、各企業の知財・法務、も しくは弁護士、弁理士の専門家が400にわたる実際の経験事例を出し、それを検定問題として使っています。IT教育研究所では、この点に価値があると考え て知的財産検定の事例のライセンスを受けて、現在、社内研修用に事例型ネット診断と事例型eラーニングのプログラムを新たに開発しています。
 次は、診断・学習・認証の仕組みです。これは、診断をして何が課題であるかを自分が考えて認識し、自分の能力に応じた学習し、きちんと学んだことが認証 される仕組みです。、認証された学習者に対しては、相当の評価や昇格のチャンスなどがきちんと与えられるべきであると考えています。法務・知財教育につい ては、このようなトータルな制度設計が必要です。、単に会社として法律が大事、知財が大事、だから勉強しなさいということだけでは、社員はほかにもたくさ んやるべきことがあり、法務・知財分野を重点的に学習しないのではないかと考えています。
 さらに、特に法律の分野というのは、具体的な事例に落とし込まないと解りずらいものです。IT教育研究所では、事例に基づき、診断から学習して認証され た成果が可視化され、そしてレベルが段階的に上がっていくというスパイラルモデル(図)に取り組んでいます。この手法によって学習機会を増やし、そして きちんと学んだことが報われる、この仕組みの制度設計を重点的に取り組んでいます。

(高倉) 一色さん、どうもありがとうございました。知財部800名、法務部300名、合計1,100名ですから、特許庁の審査官とほぼ同じぐらいの人数 で、新人教育もさぞかし大変ではないかと思いますが、今のプレゼンテーションの中にもありましたように、問題発見能力といいますか、問題設定能力を身に付 けるような実践教育の重要性や、段階的、階層的な教育、そしてeラーニングを活用した教育の実態についてもご報告をいただきました。
 続きまして、法科大学院で教育をする立場から大渕先生にご報告をお願いしたいと思っています。ご案内のとおり、すでに法科大学院は、68校あってまた来 年度も新設で数校できるようですから70校を超えます。今後毎年6,000名ぐらいの卒業生が出ていくことになるわけですが、そういったプロセス重視型の 法科大学院の教育においても、知財に関し、相当踏み込んだ教育をやっている大学も多数あります。今日は、東京大学の法科大学院で教鞭を取るかたわら、法務 省の関連する委員会等々、多様な公職に就いておられます大渕先生の方からのご報告をお願いしたいと思っています。よろしくお願いします。

知財法専門法曹の養成


大渕哲也氏

(大渕) ただ今、ご紹介いただきました東京大学の大渕です。
 「知財法専門法曹の養成」ということでお話しいたします。本年の4月以降というのは、我が国の国立大学にとっても、法学教育にとっても、大変革期であり ます。国立大学については、いわゆる法人化ということで大きく組織形態が変更しました。また、今、ご紹介いただいた法科大学院が4月から開校しました。こ れは明治以来の百何十年ぶりの大法学教育改革といわれており、従前は法学部とそれに続く少人数の研究者養成を中心とする法学系大学院という形でずっと来た ものが、今年、法科大学院という形で新たな組織ができまして、その規模はほぼ法学部と同じぐらいです。東京大学の場合もそのような状況で、要するにもう1 つ法学部ができたというぐらいの規模の大きな改革といえます。
 私の肩書きも、組織の複雑さを象徴的に表しておりまして、慣れておられない方々には分かりにくいかと思いますが、要するに昔流にいいますと法学部の教授 ということですが、後に述べます大学院重点化の結果、主たる所属は東京大学の大学院法学政治学研究科ということとなり、これに加えて法学部も兼担している という形になっています。そして、この大学院法学政治学研究科の一部として、法曹養成専攻というものがあり、これが、法科大学院に当たります。この法曹養 成専攻というのが東京大学の法科大学院の正式名称ですが、これも皆には耳慣れない名称かと思います。なお、私は、法科大学院(「法曹養成専攻」)の管理運 営ないし学務行政の責任者である専攻長を補佐する副専攻長という役目を仰せつかっておりまして、知的財産法の研究教育を担当する以外に、法科大学院の組織 の管理運営等もお手伝いしている次第です。
 知財法がこの法科大学院教育において、いかに重要かという話から始めます。これはインターネット等でもある程度公開されており、新司法試験の選択科目と いう話も出ていますので、皆様の中にはお聞きになっている方も多いかと思いますが、新司法試験においては、知的財産法を筆頭とする8科目が選択科目となる 予定です。この8科目の選択科目の中で知的財産法は、その順番にいかほどの意味があるは別として筆頭に挙がっておりまして、このあたりも、新司法試験ない しは新法曹養成プロセスにおける知的財産法の重要性を如実に物語っているのではないかと、私は感じています。
 また、今年、後に述べますとおり、法学既修者で約200名、それから法学未修者で約100名の新たな学生が東大の法科大学院に入学してきています。先ほ どの副専攻長という立場から、法科大学院の学生に将来の希望を聞く機会が数多くありますが、やはり法科大学院に来るような学生は、将来の希望やビジョンと いうものをかなり明確に持っている人が多く、それを聞きますと(私が知的財産法の専攻だと知らない人に多く聞くようにしていますが)、具体的なものとして 知的財産法を挙げる人が、やはり圧倒的に多いように見受けられます。ほかにも例えば租税関係、会社関係、国際商取引関係等を挙げる学生もかなりいますが、 知的財産法を挙げる学生が、既修、未修を通じて非常に多いということで、やはり学生もいろいろとマスコミ等を通じて、知的財産法の重要性というのを肌で感 じている結果ではないかと思っている次第です。
 それでは、知財法専門法曹の養成ということでお話しさせていただきます。知財法専門法曹といっても、もちろん法曹ですので、法曹一般の養成プロセスが基 本となります。今、図に挙がっておりますのが「従前の法曹養成のプロセス」です(従前と言うと過去のもののように聞こえますが、現行もこのような形に なっておりますので、若干、表題がミスリーディングですが、従前から現在まで続いている法曹養成のプロセスです)。法学部、あるいは法学部に限定されては いないのでほかの学部でもよいわけですが、学部教育を経た上で、現行司法試験というものを受けるというのが、一般的なパターンです。その現行司法試験に合 格するまでかなりの期間を要しているわけですが、この現行司法試験に合格すると、現行司法修習制度ということで、かつては2年、現在は1年半の間、司法研 修所や各地の裁判所等で実務修習等を積み、最後には法曹ということで、裁判官、検察官、弁護士になるというのが、現在も行われている従前型の法曹養成プロ セスです。
 それが今後はどうなるかということが、次に問題になります(図)。先ほどは法学部中心でしたが、新たな法曹養成のプロセスとしては、法学部出身者は法 学既修者として位置付けられ、その他に法学未修者というジャンルもあり、この2つのジャンルの学生が法科大学院に入学していくという形になっています。こ の法科大学院は新制度として新たにつくられたもので、それを卒業した人が新司法試験を受けます。新司法試験に合格した人には、次に新司法修習があります が、その期間は1年です。そして、新司法修習が終わったら法曹になります。
 先ほど申し上げましたように、法科大学院に入学してこられる方には、法学既修者と法学未修者の2つのジャンルの学生がいます。法学未修者の場合は、1年 次からスタートし、2年次、3年次と進み、合計3年間で修了します。これに対して、法学既修者の場合には2年次から入って、2年次、3年次の合計2年間で 修了します。
 現在はこれらの新旧両制度(プロセス)の過渡期にあって複雑な状況にあります。先ほどの「従前の法曹養成のプロセス」というのは、現在でもそのプロセス が行われておりますし、それから「今後の法曹養成のプロセス」というものは、今年の4月からそのプロセスが始まっておりますので、当面の間は従前の制度と 新制度が並行して、ダブルトラック的に動いていくことになります。
 以上のように、過渡期ということで複雑な形になっていますが、東京大学の大学院法学政治学研究科と法学部が現在どのような形になっているかというのをご 覧いただくと、現在の法学教育がどのように行われているかが大体お分かりになるのではないか思います。まず、大学院重点化ということで、大学院を重点とす る形で大学院法学政治学研究科というのがあり、それに付随する形でその下に法学部というものがあります。そして、大学院法学政治学研究科の中に法曹養成専 攻、これが法科大学院ですが、それが1つの専攻としてあり、それからもう1つ、総合法政専攻という、人数的には大きくはないですが研究者養成を中心とする 別の専攻がありまして、修士課程と博士課程から構成されています(図)。
 この法曹養成専攻については、大学によっては独立の大学院(研究科)にしているところもありますが、東京大学の場合には(研究科の中の)専攻レベルとい うことで、研究科(大学院法学政治学研究科)の外ではなくて中に作られています。これは別組織にすることによって組織としての機動性が失われることを慮っ たために、内部に作ったものだと理解しています。
 次に、どのようなカリキュラムになっているかというところも、あまりまだ知られていないかと思いますのでお示しします(図)。カリキュラムの骨格とし ては、@法律基本科目、A法律実務基礎科目、B基礎法学・隣接科目、C展開・先端科目というこの4つのジャンルの科目が提供されています。
 @法律基本科目というのが一番基本になる科目で、それには、未修者用の基本科目と、既修者はすぐ始めますが、未修者は基本科目を終わってから始めるよう な上級科目シリーズ等いろいろとあります。次に、実務を重視するという観点から、A法律実務基礎科目というものがあります。
 そして、そのような実定法的なものだけでなく、基礎法ないしは隣接科目などで法律家としての豊かな視点を養成していくという意味から、B基礎法学・隣接 科目というものがあります。そして、最後に、これがある意味では法科大学院の華ですが、C展開・先端科目ということで、@やAを踏まえた上で展開するよう な先端的な科目というものが提供されています。知的財産法関係科目は、この展開・先端科目の代表的なものとして重視されています。
 知的財産法関係カリキュラムは、具体的にどういうものが提供されているかということを示すのが図です。まず「知的財産法」という一番コアになる科目が あり、これは、実務経験を有する研究者教員が担当します。
 それから、応用的なコースとして、「コンピュータ法」というものが提供されています。内容としてはコンピュータ法とサイバー法を合わせたものですが、こ れは、実務家教員が担当する予定です。
 上記以外に、知的財産法演習ということで、3つの演習が提供されております。1つは著作権法研究を中心とするものであります。もう1つは知的財産法判例 研究です。それからもう1つ、実務度が高いものとして、知的財産法実務の演習が提供されています。
以上が法科大学院における知的財産法関係科目の中核となる授業、演習等ですが、このほかに、各種のシンポジウムや公開講座、あるいはサマースクールにおけ る米国知的財産法等もあり、今後これらの知的財産法関係科目については、さらに拡大し、充実したものにしていく予定です。
 これらの授業・演習等以外に、東京大学におきましては、多数の研究会が開催され精力的に活動を行っています(図)。コンピュータ法研究会というのは、 もう約10年前から開催されているもので、最近までこの1つの研究会だけだったのですが、2003年以降、次々に新しい研究会が立ち上がっておりまして、 権利ビジネス研究会、生命工学と法政策研究会、さらには知的財産法研究会が次々と立ち上げられ、精力的に活動を行っています。また、来年1月からの予定で すが、著作権法等研究会という研究会も立ち上げられることとなっています。以上のように、知的財産法の全分野をカバーするような多種多様な研究会が提供さ れています。
 これらの研究会は、理論と実務の架橋という法科大学院の理念を体現すべく、研究者と実務家との両方から構成される研究会という形でこれらすべてが運営さ れています。また東京大学だけではなく、ほかの大学との連携も図られています。
 研究会ですから研究が中心ですが、法科大学院の学生や法学部の学生、あるいは大学院の学生の有志も参加しておりまして、これらの学生にとっては最先端の 研究や実務に触れるという意味で貴重な教育の場となっています。今後、これにつきましても充実を図っていきたいと思っています。
 知的財産法の中でも近時重要性が高まってきております国際知的財産法の教育についても力を入れております(図)。法科大学院等形成支援プログラムとい うものを文部科学省に申請してこれが受けられることになりました。名称は、トランスナショナル・ロー・プログラムズというものであります。内容としては、 地域ごとのアメリカ法プログラム、ヨーロッパ法プログラム、アジア法プログラムというものが大きな柱となっていますが、それと並んで国際知的財産法プログ ラムというものが重要な柱となっています。ほかに国際契約交渉プログラムもあります。このプログラムによって、先ほどご紹介した授業・演習等に、国際知的 財産法を中心とする知的財産法関係の授業・演習等を加えたり、シンポジウム、ゲスト・スピーカー・セッション、サマースクールをさらに拡充したトランスナ ショナル・サマースクールなどを通じて、国際知的財産法教育についても拡充していく予定です。
 このように、今まで東京大学は理論中心にやってきたところがありましたが、現在、実務も重視しつつ大きく展開しています。
 将来の課題(図)としては、当然生じてくる疑問ですが、法学部と法科大学院との関係をどのように考えていくかという問題があります。学部教育は法科大 学院とは違った意味での重要性があります。法曹を志望する学生にとっては、法科大学院教育の前段階として、法学部が重要であることは間違いないですが、そ れ以外にむしろ私としては、法科大学院に進まないで、例えば法学部を出て官庁に行く、あるいは企業に行く学生に法学教育を行うという重要な役割があります ので、この点で学部教育はやはり非常に重要であり続けるのではないかと考えている次第です。
 先ほどお示しした法科大学院というのは、アメリカのロースクールになぞらえると、いわゆるJ.D.[Juris Doctor]プログラムということで、基本的に弁護士などの法律家を養成するベーシックなコースです。日本の場合には司法修習を経て法曹になっていきま すが、今後、これだけ専門化が進んでくると、それで教育が終わるということはあり得ないことです。したがって、弁護士等の法曹になった後でも、常に教育な り自己研鑽がなければ時代のニーズに合った法曹たり得ないということであり、その意味で継続教育というものが極めて重要となってきます。その関係で、科目 等履修生制度という、すでに弁護士になった人ないしは企業法務の方等が、知財法関係科目その他の科目に限定集中して勉強されるコースの充実が必要です。ま た、これはアメリカ等でも同様だと思いますが、弁護士になった方が知財法を中心に1年間、LL.M.というような形でもう1回じっくりと専門的に勉強し直 すというようなニーズは非常に高まっています。当面はJ.D.型の基本的なコースを安定的に導入して、運営していくことが中心でありますが、また近々にも 上記のような次の段階の努力を行っていかなければならないと考えています。
 そして、今後、法律家を養成していく教官となる研究者の養成というのが非常に重要でありまして、この点も図っていかなければならないことはいうまでもあ りません。また、もちろん、法学部ないしは法科大学院等だけでなく、ほかの部局との連携も必要ですので、今後、この点も図っていきたいと思っている次第で す。

(高倉) どうもありがとうございました。実務を非常に重視し、なおかつ基礎から研究、実務にわたる幅広い段階における階層性、一貫性にも配慮したカリ キュラムで教育を行っているということでした。また、さまざまな部署との連携も重視されているというようなご報告もいただきました。
 大渕先生のお話の中で、知財が新司法試験の選択科目というお話もありました。これはもうすでにホームページ等で公開されている情報でありますが、選択科 目としての知的財産科目の出題の範囲、それからサンプルの問題が12月にも公表されると報道されています。選択科目は全部で8つあるわけですが、中でも知 的財産科目は、一般に法律の数が多く、試験科目として、結構負担が大きいというふうに受験生の多くとらえています。したがってより多くの方に選択科目とし て受験をしてもらおうと思えば、出題の範囲を絞らざるを得ません。しかし、あまり出題の範囲を絞ってしますと、プロセス型の法科大学院における教育が、必 ずしも十分に行われない。そこのバランスをどう取るか、さまざまな意見が各界から出ているようでして、これもホームページで公開された情報ですが、この調 整に今、大渕先生が当たっておられるということで、非常にご苦労されている真っ最中ではないかと思っています。
 いずれにしても、選択科目としての知的財産というのは新司法試験の選択科目にはなっているわけですが、これを教育、実務教育にどう反映していくかという ところが、非常に大きな課題ではないかというふうにも思っています。
 続きまして、アメリカからお越しいただいておりますが、竹中先生の方からワシントン大学における法曹教育ということで、ご報告をお願いしたいと思ってい ます。竹中先生は、日本でも2つの大学で教鞭を取っておられるというところですので、この点についても含めて、ご報告がいただけると伺っています。よろし くお願いします。

米国大学における知財教育


竹中俊子氏

(竹中) ご紹介いただきました竹中です。今日は法曹教育だけではなくて、米国、特にワシントン大学全体で行なわれている知的財産教育についてご紹介した いと思います(図)。
 私が所属しているのはロースクールで、先ほど大渕先生の方からご紹介がありましたように、JD(Juris Doctor)のプログラム、すなわち法曹教育というのがロースクールにおける本来の目的です。その中でも、私どもの大学の場合、特にCASRIPという 研究所等もありますので、知財をやりたい、特に特許をやりたいという気持ちを持ってやってくる学生も非常に多く、特許弁護士の教育ということも非常に重視 しています。
 なお、このJDのプログラムだけではなく、LL.M.(Master of Lows)のプログラムもありまして、このLL.M.のプログラムは、先ほど大渕先生の方からこの将来的な構想としてお話があったように、実際のところ、 ボーイングの弁護士や、シアトルのダウンタウンのローファームの弁護士等が1年間、集中的に知財の勉強をしに来ているというような例もあります。また、日 本から多数、特許庁の審査官の方々や企業の特許部の方々を含めて、研修にいらしていらっしゃる状況です。
 ワシントン大のLL.M.の特色といたしまして、実務経験を法学部修了と同じように見ておりますので、法学部を出ていない特許庁の審査官の方々等も参加 していただいています。そこで感じるのは(よく技術移転部のマネジャーの方なども言うことですが)、技術者の方に法律教育・法曹教育をして、特許弁護士に する方が比較的容易ではないかということです。
 ほかの学部でも、その学部の特色に応じた知財教育プログラムがあります。例えば、ビジネススクールでは技術マネジャーの養成、および技術起業家の養成と いうことで、テクノロジーMBAのプログラム、およびボーイング等、企業のエグゼクティブ・プログラム等があります。また、理工学部、情報学部、そのほ か、ほとんどの学部で1つは知財のプログラムがあります。例えば電気工学科であれば、電気に特化した知財教育プログラムがあるわけです。その中で、研究者 の技術評価力の養成や、研究者の場合にはバイドール法上の義務・責任というものを明確にしておかなくてはいけませんので、その最低限の知識を教育していま す。
 最後に、エクステンション・プログラムということで、地元企業および市民の皆さんに対しても、知的財産知識の啓蒙を行っています。
 大学における教育リソースの有効利用のシステムを図を使って説明しますと(図)、各学部に知財のプログラムはありますが、そのリソースはやはり限られ ています。したがって、各学部のプログラムで教えられている以上に深く知財を知りたいという人のために、ロースクールの方から IPCertificate・プログラムというものがあります。これは、法学部以外の学生(または法学部の学生だけれど知財の専門家になるのではなく、単 にビジネス・ローの一環として勉強したい人)のための知的財産入門コースと、その後、自分の専門科目、例えば情報関係や図書館学科の方であれば著作権、理 工系の方であれば特許等、特定の科目を取ることで、IP Certificateというものを出しております。
 その中で特徴的なこととして、アメリカの場合には先ほども、実践ということが清水先生から指摘がありましたが、その実践の中でインターフェースというこ とが非常に重要視されており、各学部から知財に興味のある、例えば、ロースクールの学生、ビジネススクールの学生、実際に扱う発明の専門分野の理工学部の 学生が3人でチームになって、先ほども新規技術の提案ということが技術移転だというお話がありましたが、例えばビジネス・コンペティションに出るような専 門家同士のインターフェースというのを、大学の中の実践で学ばせるようにしています。
 図は早稲田のロースクールのプログラムですが、内容は大渕先生のプログラムとだいたい同じですので、詳しくは申し上げません。このカリキュラムを作ら れたのは高林先生ですけれども、高林先生は2年間ジョージ・ワシントン大学のロースクールに留学なさり、そのころからだいぶ構想を練っていらしたので、非 常に典型的なアメリカのロースクールの知財専門プログラムの形式を取っています。
 最も特徴的な点は知的財産クリニックを設けているいる点だと思います。ほかの大学と比べて特に早稲田の方は、臨床法教育ということで実践教育を重視して いるわけです。従いまして将来的に早稲田の中の技術移転オフィスで働いたり、また実際のところ特許庁で客員教授でいらしている鵜飼先生の下で、特許庁の方 でもインターンシップをさせていただくという話もありますし、例えばアメリカで私たちの学生が経験しているようなCAFCに対応するような知的財産高裁や 東京又は大阪地方裁判所の知的財産部でのインターンシップ教育等が将来的にできたらなと思っています。
 法曹教育ですが(図)、先ほど一色先生から事例中心でというお話がありましたが、アメリカのロースクールは本当に事例中心です。実際のところ私たちの 方からも事例を出しますが、学生たちも先生にたくさんの事例を出します。私の方が困ってしまうほど非常に事例を使って、その問題発見能力を高めるというこ とを、非常に重要視しています。一方的な教育ではなくて、例えば、クラスを半分に分け、あなたたちは特許権者側、こちら側は侵害者側いうことで、将来的に 弁護士になった場合、当然、どちらの側に付くということもあり得るわけですから、どちらの主張もできるようにという教育を心がけているわけです。
 もう1つ重要な点としては、特にアメリカ特許弁護士というのは、積極的にクライアントのビジネスモデル、またはビジネスプランに沿ったリーガルアドバイ スができなくてはいけない、そういう時代になっています。そういう意味で、例えばロースクールにいる間に、ビジネススクールでビジネスのクラスを取った り、またはビジネススクールの学生と一緒に学ぶ機会を持つようにということを心がけています。
 そのほか、技術とビジネスの知識の吸収という点では、先ほど技術移転オフィスでのインターンシップ等についてもお話ししましたが、例えば仮想ライセンス 交渉等、具体的には私たちのワシントン大学は、もう3年ほど前から東大のフット先生のプログラムと一緒に、ビデオで日米国際取引の交渉演習をしておりまし て、来年からは早大のプログラムも始まります。そういうことでビジネスセンスだけではなく、国際感覚も身に付けるように、これはアメリカ人にとってもとて も重要なことだと思いますが、それを心がけています。
 最後になりますが、もう1つ、東京医科歯科大学でもプログラムをやるようになりました(図)。東京医科歯科大学の場合、早稲田のプログラムとは異なる 特色を持たせるようにしています。というのも対象が研究者であることから、研究者でありながらよき発明者であり、起業家である、そういう人材を育てたいと 思っています。
 したがって、バイオという分野の特徴を考えると、1つには外国で起業ということも多かろうと思いますので、半分ぐらいの授業は英語で、第一線で活躍する アメリカまたはヨーロッパから講師に担当して頂くことになっています。また、ケネラー先生もおっしゃったように、実際のところ研究者が例えば、自分の技術 を保護しようとか、テクノロジーのマネジャーになろうといった場合には、特許をはじめとする知的財産権法のことについては、ベーシックな知識があればでよ いのではないかと思います。一方、国際ライセンスや企業理論、それと特にバイオで重要な点は研究倫理や、クリニカル・トライアル(臨床研究)をするような 場合の情報公開など、いろいろと特有な問題がありますので、そちらの点を中心にやるプログラムになっています。
 なお、このプログラムの中には弁理士、弁護士、すなわち研究者以外の方も受け入れておりますので、その方々には実際にアメリカ等で問題になった技術を、 第一線の先生に指導いただくということも考えています。
 最後は宣伝になってしまいますが、2月10日から18日まで集中でバイオの技術者に対する知財教育として、養成プログラムを開催します(図)。そのう ちの2月10日と18日は、公開講座になっておりまして、実際にアメリカで起業した日本の先生や、ワシントン大学で先生をやりながら経済的に成功した先生 方に来ていただいてアメリカの経験を話していただくというプログラムを用意しています。もちろん無料ですので、ぜひ、興味のある方はご参加ください。

(高倉) どうもありがとうございました。今後の法曹教育のキーワードとして、理論と実務の橋渡しというようなお話もありますが、今、竹中先生から特に知 財に関しては、法律と技術とビジネスと最後は英語、国際性ということもあったかと思いますが、こういった実務能力を重視した教育の必要性についてもお話を いただきました。
 最後に中島先生です。お願いいたします。

知財職業専門家、弁理士の育成


中島淳氏

(中島) 弁理士の中島淳です。よろしくお願いします。
 本日の副題は「知財職業専門家としての弁理士の現状と課題」です。ここであえて言わせていただきたいのは、職業専門家、いわゆるプロだということで単に 知財に詳しいということではなくて、知財で飯を食っていく人たちを中心に、特に弁理士を中心にその周辺はどうなのかということでフォーカスをだんだん広げ させていただければと思います。
 統計的なことですが(図)、現在の弁理士の全体像がどうなっているかという分布です。右上の方から年齢的な分布でさすがに20代は少ないですけれど も、30代、40代、50代、60代、70歳以上まで比較的広いというところで、一般の会社とはかなり異なっています。
 資格別の分布では、弁理士試験を経て弁理士になる人が圧倒的に多く、約8割、そのほか特許庁の審査官OBの方、それから弁護士の方がいらっしゃいます。 地理的な分布をみると、やはり東京が一番く、大阪、神奈川、愛知を入れますと90%ぐらいで、残りの10%があとは全国に散らばってます。
 学歴別の分布では、理科系が70%以上です。事務所の中の弁理士の人数をみると、弁理士が1人の事務所が全体の70%で、大多数です。最後は在界年数別 分布ですが、ここが非常に近年変わっているところでして、弁理士になってから5年未満の人が3分の1もいらっしゃいます。これは、ご承知のようにここ数 年、弁理士試験に合格する優秀な方が増えているということで、この分布がかなり変わっているというところです。
 次に、日本弁理士会の中で弁理士に対してどういう研修・教育を行っているか見てみます(図)。新たに弁理士になった、いわゆる新人に対しては初期に 200時間近い研修を行っているということで、その後もさらに年間、かなりの時間の研修を行っています。研修所の運営委員は弁理士がボランティアでやって いまして、延べ人数では150人以上の弁理士がボランティアで研修所を運営しているというのが現状です。
 それでは、弁理士になる前、なった後はどういった研修・教育が行われているかということですが(図)、上の横の矢印で弁理士試験の勉強をして試験に合 格して弁理士になる、それから業務を開始するというところで、先ほどの新人研修というのが弁理士登録した後にあるわけですが、これは今のところ強制ではな く、残念ながら任意研修ということになっています。
 弁理士の実務ですが、左側にOJT、右側にもOJTと書いてありますが、これは図として表すのに非常に苦労するところでして、これはOJTという決まっ た組織があるわけではなくて、実務上、先輩について個別に教わっているということで後に説明する、徒弟制度とどう違うのかというところに非常に興味がある ところです。
 特許事務所の技術スタッフについてみると、7割に近い特許事務所に、弁理士試験の受験生がいるということで、要は実務をしながら受験もしていると、正確 には実務の補助ということになるでしょうが、そのような実態があります。
 最近、弁理士試験の合格者が非常に増えています。試験合格後3年以内の弁理士の人数についてみると、最近、合格後3年以内の弁理士、新米弁理士というと その人たちに怒られますから、新人弁理士と言った方がいいのかもしれませんが、10年前に比べますと5〜6倍に増えているというところです(図)。
 一方、一人前の弁理士になるためには何年かかるかという平成11年の弁理士会の中のアンケート結果をみると(これは弁理士が全部答えています)、8.5 年はかかるのではないかということです。これは、一人前になったと思われる人からの解答ですが、割り引いて考えても5〜6年はかかるのかなという感じがし ます。
 それでは、飯を食うことのできる弁理士には、いったいどのような資質、スキルが必要なのかということで、たくさんの要件があるのではないかと思います (図)。昔の弁理士と今の弁理士ではこの辺の考えはかなり違ってきているのではないかと思います。特に4番の「知財のビジネス知識」です。知財のビジネ ス知識とは何かという議論や、国際性、戦略対応、バランス感覚、特にこのバランス感覚は本当に弁理士だけに必要なんですか、日本全国全員が必要ではないで すかという意見もありますが、やはり代理人の仕事をする職業では特に必要かと思っています。
 これらの資質とスキルは、全員がこれを備えているべきことなのか、それとも一部なのか、いろいろな議論はあると思いますが、問題提起という形で挙げさせ ていただきました。
 次に、社会ニーズとのミスマッチということであえて言わせていただきます(図)。最初に、知財の支援とビジネス支援との乖離ということで、これは、ク ライアントのために特許を支援しているというのと、知財を支援していると言うのとでは多少違うわけですが、実は知財を支援している、クライアントのために 一生懸命、頑張っているというのは、本当はクライアントのビジネスを支援しているのではないかということです。その辺は非常に大きな課題だと思います。
 2番目は、知財専門家への期待と現実のミスマッチです。昔の考えでいきますと、弁理士は特許出願の代理が業務です。ところが現状ではクライアントの方で は、出願の代理はもちろんですが、それ以外のものの期待がかなり大きいということで、その差がかなりあるなというのが現状です。
 3番目は、先ほど少し触れましたが知財教育の期待と現実ということで、OJT、ある部分では徒弟制度というシステムになっていますが、これで本当に知財 立国としてよろしいのですかという課題です。
 4番目は、試験制度による弁理士育成の課題ということで、本来的に弁理士試験制度というのは世の中の役に立つ弁理士を試験で選別しなくてはいけないと思 いますけれども、どのようにして選別すればいいのかという、難しい問題もあります。もしそうでなかったらその差を補完するものはどういうシステムを考えれ ばいいのかという、大きな課題があります。
 最後は、専門家の育成の国家戦略地図と実現という点です。知財立国実現のために本当に必要なのはやはり人材育成だと思いますが、その部分が本当に着々と 進んでいるのか、本当にそれに向けて正しい地図が描かれているのかというところで、課題があると思います。
 知的財産創造サイクルを見れば(図)、知的財産が生まれて権利登録をされて利用・活用されるという中で、いろいろな方、いろいろな専門家が関与しなけ ればならず、これを1人の人間ですべて賄うというのは大変難しいわけです。、皆さんのお仕事の関連を考えてみただけでも、このようにたくさんの専門知識 持った人たちが必要ということです。
 最後に、あまり明確な解は示せておりませんが、私は知財高等教育機関というのがもっと充実すれば良いと考えています(図)。大学生や社会人がMOTや 知財専門職大学院等で、いわゆるプロセス型の教育を受けて、その後、いろいろな分野における知財の多様な専門家になる。その中の一部分が弁理士試験を受け て弁理士になるという形が、これからどんどん盛んになってくればいいなと思っている次第です。

知財人材の教育方法論



(高倉) どうもありがとうございました。第1セッションでありました実践能力、あるいはインターフェースといった資質が求められる将来の知財人材の育成 に向けて、どのような教育方法論があり得るのかという点について、もう少し議論を深めたいと思います。
 中島先生の最後のスライドをもう一度出してほしいのですが、中島先生の提言にもありますように、MOTの知財学科、それから知的財産専門職大学院は着実 に増えていると思います。他方で企業の中には、大学で知財ばかり勉強してきてもらってもかえって使い物にならない、むしろ自社製品の技術をしっかり勉強し てもらってきてほしい、知財教育は社内でやるという考え方もありますが、産業界の一色先生から何かコメントあるいはご感想はありませんか。

(一色) 私としては、大学、特に社会人大学院には大変大きな期待を持っています。先ほど言いました問題発見能力というのは企業の中でも、その学習機会を 作ったり、事例学習などの方法でいろいろと教育することができます。しかし、今、一番の課題は問題解決能力、特に、幅広い戦略的な選択肢を考える能力の開 発が重要ですが、これはとかなり難易度が高く、企業内研修のみでは困難です。松下グループの研修では、ケース・メソッドや、ロールプレイング・メソッドな どを取り入れていますが、社員同士の研修では、ある程度限定された発想になってしまいます。
 例えば金沢工業大学大学院知的財産プロフェッショナルコースで私が担当している授業には、複数企業の知財社員、法務社員が参加しています。東京大学先端 科学技術研究センターの先端人材育成オープンスクールには、弁護士、弁理士、裁判官や、特許庁の方も来ています。こういった方たちと同じ事例に対して議論 し、共通のテーマを考え、交渉のロールプレイングのような実践的なメソッドを行なっています。このような学習機会の場を一つの企業の中で設定するのはかな り困難です。
 企業内交流研修として、大手企業の法務社員同士の交流研修も企画してみましたが、なかなか続きません。大学には年間コースやオープンスクールなど、幅広 い社会人のための学習機会を作っていただきたいと思っています。

(高倉) 分かりました。再びこのスライド(中島氏図)ですが、この中には法科大学院というのが逆に入っていないことにも関連した質問を、大渕先生に出 したいのですが、といいますのは法科大学院で知財教育はいったいなぜやるのでしょう。法科大学院は法曹を養成するところです。真の法曹専門家というのは、 さまざまな事件において、さまざまな法律が適用されるときには、事案に応じて個別法律を勉強していけばいいのであって、むしろ法科大学院においては基本六 法を中心に勉強をするべきではないかというお考えも出されていますが、大渕先生のお立場から見て、法科大学院において知財教育を行うことの意義をどのよう にお考えですか。

(大渕) 先ほど法科大学院でのカリキュラムをご説明した際に、4つのジャンルの科目が提供されており、基幹的な法律基礎科目から始まって、最後に応用的 な科目として展開・先端科目が提供されるということを申し上げました。先ほど申し上げましたとおり、知的財産法専門法曹といっても、基本としてはまず法曹 一般として最低限必要な知識・理解というのが必要であることは間違いなく、それは具体的に言いますと、いわゆる六法科目(憲法、民法、刑法、商法、民事訴 訟法、刑事訴訟法)(なお、広い意味では、行政法も含む)であります。法曹である以上、最低限持っていなければいけないものであります。
 まず、法科大学院ではこれらの最低限の科目を勉強しなければならないのですがが、これはこれらの勉強だけで足りるということを意味するものでないことは いうまでもありません。六法科目だけを法科大学院では勉強して、それ以外の応用的な法律科目については、実務に就いてから、出会った事件ごとに自分で勉強 すれば足りるという考えがあるとしたら、それは間違いだと思います。六法科目以外の知的財産法等の応用科目についても、実務面だけではなく、理論面が極め て重要であることはいうまでもないのであって、少なくとも、このような理論面をしっかり身に付けさせるためには、法科大学院でのしっかりとした教育が不可 欠であります。出会った事件ごとに自分で勉強すれば足りるほど知的財産法が単純でないことは皆様も体験済みの通りと思います。
 以上要するに、六法等の基本科目が重要であることはいうまでもありませんが、これらを踏まえた上で、知的財産法のような応用科目も法科大学院の教育にお いては不可欠の重要性を有しているのであります。なお、知的財産法を真に理解するためには、民法、行政法、民事訴訟法等の関連基礎科目の知識理解が不可欠 ですが、これらの一般法における理論実務も、知的財産法のような先端的・応用的な法分野に適用されることによって、その妥当性が検証されるという面もあり ますので、その意味でも、知的財産法の教育は不可欠の重要性を有していると考えております。

(高倉) そうした知財教育を行う法科大学院も含めての話で、中島先生にもう一度コメントをお願いしたいのですが、このスライド(中島氏図)にもありま すが、弁理士登録後の研修について、法科大学院も含めた知財高等教育機関への期待というのは、弁理士サイドから見てどういう点があるのでしょうか。それか ら、弁理士試験になる前にMOTの知財学科や知財専門職大学院で勉強して弁理士試験、場合によっては試験免除という提案もなさっていますが、そうした場合 に弁理士になる人にとって入り口における専門職大学院とはいわゆる今ある予備校的な法律学校とどこが違うのか。たぶん違いがあると思うのですが、どのよう な違いを大学に期待しているのかと、弁理士になった後、それからなる前について、将来の弁理士の世界から見て大学への期待という点についてコメントいただ ければと思います。

(中島) まず弁理士になる前のことからお話しすると、法科大学院もそうだと思いますが、これは弁護士の予備校ではないということで、アメリカの場合には それが司法試験(bar exam)とロー・スクールの教育内容というのは完全に分離されて別のものになっているという、非常に好ましい形だと思います。日本の法科大学院もそう なっていただきたいと思っていますが、私の提案ではやはりそういう意味では、スタートアップ、弁理士になった後にそういう仕事ができる初歩的な知識、それ からゼロから積み上げないである程度、新人として新人なりにOJTを積めば一人前になれるという基礎的な知識とその実務能力、こういったものを弁理士にな る前には期待しています。
 なった後についてはスキルアップということで、さらにOJTの期間を短くできる、さらにOJTでは学べない高度な専門家としての知識能力を身に付けると いうことで、こういう点からいきますと現在、日本弁理士会が行っている研修所は非常に大きな規模ですが、とても弁理士会の中でボランティアでできるような 代物ではありません。これはやはり教える側も設備も全体的なお金の問題も含めて、大学、大学院、高等教育機関にかなり期待しないといけないというところで す。

(高倉) ありがとうございました。第1セッションにもありましたが、こうした知財の専門家というのは大学で学んで身に付けるスキルもたくさんあります が、やはり実践能力、そして技術やビジネスが分かった上での知財専門家が期待される中でやはり社会人経験者、あるいは理科系出身者がこういった知財高等教 育機関に進むということが望ましいと思いますが、特に法科大学院を見る限り、社会人は約半分と、そのうちの多くは司法試験浪人ですから本当の社会人経験者 はもっと少ないだろうし、理科系もたぶん1割ぐらいではないかと思います。アメリカの法曹教育を担当されている竹中先生から見て、今後そういった社会人、 ビジネスの経験のある学生、あるいは理科系のバックグラウンドを持っている方がこういった分野に進むようにするためには、どのような制度設計といいます か、どのようなことを変えていけばいいと思いますか。

(竹中) アメリカの場合、やはり多様なバックグラウンド、それは社会人であったりまたは違った学部を卒業していたり、または他の国から来ていたりとい う、そういうダイバーシティー(Diversity)ということが非常に重要な要素となっています。その意味で、今の日本の法科大学院はちょっと残念な状 況だと思います。その理由でやはり一番大きいのは司法試験の合格率が低すぎるということがあると思います。
 ワシントン大学に来る学生は当然、合格することが前提ですので合格した後の競争のためにみんな勉強しているわけです。したがって、現行案のように合格率 が低すぎるという問題があると、社会人の場合は仕事を辞めて家族も犠牲にして来るにはリスクが高すぎるということが言えると思います。また社会人だけでは なくて、他のバックグラウンドの人の受け入れを促進するためには、先ほども言いましたように他の学部からも学生を積極的に受け入れています。、実際のとこ ろ私の特許法の授業にはビジネススクールから参加している人もいるし、実は技術移転部からの技術移転マネジャーの人も参加しています。そういう人の発言は とても重要です。
 ですからやはり、まずは司法試験の問題もありますし、それと学際的協力ということを大学全体で、ワシントン大学の場合は特に学際的なプログラムを作ると 大学から資金が出たりして、それをすごく強調しています。日本にも学際的協力を促進するシステムが必要かなと思います。

(高倉) 合格率の問題は合格者を増やすか卒業生を少なくするかの2つに1つしかないですが、いずれも非常に難しいですが、本当だったら大渕先生にご意見 を伺いたいですが、立場上非常に難しいと思いますので、取りあえずまたこの話は後で戻ってくるかもしれませんが4名のパネリストの中から、むしろ他の3人 のパネリストに聞いてみたいと、あるいは意見を出してみたいという事項はありませんか。では、中島先生お願いします。

(中島) 一色さんにお伺いしたいのですが、私は一生懸命いい人材を育てる、優秀な人材を育てれば世の中のためになると、売れ行きはいいんだと思っていま すが、果たしてそうでしょうか。企業側がそれを受け入れる余地はあるのでしょうか。、いろいろなことを勉強し、知識を身に付けた、武器を持った人達ですか ら、企業側、社会側でそういう人たちを優遇する等の状況にないと、一生懸命勉強する人も少なくなってきてしまう。優秀な人が来れば当然、待遇もよくなるん だよというのは本当かもしれませんけれども、やはり出口が見えていないとなかなか意欲もわかないという気がします。松下電器のような優秀な会社ですとそう いった考慮があるのかもしれませんが、一般社会でそのような土壌があるのかというところは大変不安に感じます。そういったところについて何かコメントをい ただければと思います。

(一色) 難しいご質問をありがとうございます(笑)。どう答えていいのか大変答えにくいところはありますが、多様な人材はいろいろな形態の雇用を望むと 考えています。例えば、当然メーカーでは、優秀な技術者が必要です。そのためにはいわゆる一つの企業に所属して安定して研究されたい方もいれば、3〜4年 の経験を積んだらキャリアアップのために移られたい方もいます。このような多様な人材の要望に応えるために、松下グループでは、1998年から退職金前払 という採用制度を開始しています。
 最近では、この制度の選択者は、新人社員のが5割近くにもなっています。その内容を見ますと、技術者だけではなく法務、知財、経理といった専門職の希望 者が非常に多いのが特徴です。実際に去年まで私は法務部門のマネジャーをしておりましたが、慶応大学と東京大学をまじめに勉強して優秀な成績で卒業し、厳 しい就職面談を乗り越えてきた若手社員2人は退職金前払いの選択者でした。
 こういった多様な人材を社員として積極的に受け入れています。また、幅広い雇用機会を作るため、法務・知財社員のキャリア採用も行っています。このキャ リア採用には、弁護士や弁理士の資格者や、他の企業法務・知財を経験された方が希望して来られています。このようなキャリア採用の方には、専門的な知識や 過去のキャリアについて尊重し、それに対して評価した条件で入社していただきます。
 ただし、会社にとって継続的にインセンティブをお渡しできて、積極的な昇格機会が与えられるかどうかというのは、専門知識や過去のキャリアを生かして、 現場で結果を出せるかどうか、という、実務能力が問われます。実務能力を発揮して初めて継続的に良い待遇なり給料が得られます。マネジャークラスにはすで に導入している成果主義を今年の4月から全社員に適用しています。
 もちろん学生から新人で入社された方に、いきなり最初から成果主義というのはあり得ませんから、一定期間のグレースピリオド(猶予期間)は置きます。し かし、一定期間を過ぎたら会社において、実務能力を証明しない限り、なかなかその次にステップにはいけません。何をもって評価の指標とするかという点は、 いずれの企業でも難しい課題だと思います。しかし、企業の中では、持っている専門性を活用して初めて評価されるというのは、おそらくどの企業でも同じでは ないかと思っています。

(高倉) 要は単なる資格としてではなくて、実践能力、実務能力で企業は評価する、そういう勉強を大学でやっておかないといけないということかもしれませ んね。

(竹中) これは高倉先生への質問かと思いますが、ワシントン大学の技術移転の場で、実践教育のインターンシップなどをやっていますが、そのためにはやは り出願前のある程度のグレースピリオドのような制度が必要ではないかと思います。
 アメリカにはグレースピリオドはありますが、実際にはワシントン大学の技術を移転する場合、日本やヨーロッパの権利ということもすごく重要になりますの で、その点でもいろいろと問題、心配があります。同じようなことを例えば早稲田大学や医科歯科大学のプログラムでも将来的にはやりたいのですが、アメリカ 型のグレースピリオドが導入されるような機会というのはあるのでしょうか。

(高倉) 今日の第1セッションでもケネラーさんの話にもあったと思いますが、産学連携というのは単に大学の先生がお金をもうけて、ビジネスをする点だけ にあるのではなくて、研究者と産業界が連携を通じて教育するというところに重点があります。したがって、そのためにこそ、グレースピリオドの期間が長い方 が教育効果が進むというご提案ではないかと思いますが、確かに日本は6カ月、アメリカ型であれば1年です。ただこの問題はそのような教育効果のメリットが あったとしても、国際的に同時にやらないと意味がありません。特に、バイオのように世界で特許を取っておかないと意味がない分野もあるわけですから、日本 がグレースピリオドを1年に延ばしたということに安心して、ヨーロッパにゆっくり出願した場合にヨーロッパで特許を取ることができないという問題が出ま す。いずれにしてもこの問題はヨーロッパのグレースピリオドを期間的にも内容的にも拡充する、日本もそのようにする、そしてアメリカも先願主義に移るとい うのが一体となった中でやるのが一番いいというのが、たぶん特許庁の公式見解ではないかと思います。
 グレースピリオドを短縮することのメリットとして、単に論文発表から出願までの時間が稼げるということだけではなく、産学連携が育まれ人材教育にもプラ スがあるという新しいメリットを生かして、ぜひ特許庁にも深く検討してもらいということでよろしいですか。

(竹中) はい。

(高倉) 一人一人にまとめということは避けて、議場からせっかくの機会ですからこれを聞いてみたいということがあれば何でも受けるつもりでいますが、ど うでしょうか。

質疑応答

(会場質問者) 本日はとても貴重な示唆に富むお話をありがとうございました。
特許戦略アドバイザーについてお聞きしたいと思います。審査官がもし特許戦略アドバイザーを志向するとしたら、どのような能力をプラスアルファとして持っ たらいいのでしょうか。日常の業務で迅速に的確な処理を遂行するためのことは当然として、プラスアルファとしてどのようなものを勉強したらいいのか、お話 しいただければと思います。

(一色) 第1セッションのときに清水先生がおっしゃった、特許庁の審査官の方が客観的基準に基づいて判断できる能力、これは非常に素晴らしい専門能力だ と思います。ただし、現在の知財分野は第1セッションでも議論がありましたが、いろいろな専門能力が問われます。したがって、先ほど私が申し上げた大学や 弁理士会、企業との交流という場でも良いと思いますが、専門性の高い人たちが1つの場に集まって、それぞれの専門性に基づいて共通のテーマで議論したり、 交渉のロール・プレイを行なうような機会に積極的に参加されるのが良いと思います。このような機会では、参加者同士からも学べることが多いと思います。

実践教育のためには

(高倉) ありがとうございました。最後に一言だけ申し上げますが、やはり第1セッション、第2セッションを通じて、あるいは基調講演の中にもあったこと ですが、我々、知財分野で働く者に求められる大きな資質として、実務能力、実践能力というのがいろいろな方から指摘があったと思います。それから自分の専 門分野をしっかりやっていきながら、他の分野の方に十分自分の仕事を説明できる、説得できる、そして常にインターフェースを持っておくこと、そういったと ころが求められる資質として再三ご指摘があったかと思います。
 実際にそういう人材を育成するための方法論としても、やはり机に座った座学だけではなく、さまざまな実務、実践を、例えば事例研究等を通じて学んでい く、あるいはさまざまな専門家の意見も聞く、あるいは学生同士が異業種で交流する、そういうことでインターフェース、あるいは実践能力を積極的に獲得して おくということが非常に大事だろうと私自身も思っていますし、他の方からもご指摘がありました。
 特に今後のさまざまな知財に関連する高等教育、特に法科大学院も含めての話だと思いますが、やはりカリキュラムをもう少し充実して、初歩からあるいは基 礎から始まって次第にその関心や将来の選択に応じて、幅広い実務的なあるいは実践的なものを学んでいくというカリキュラムを充実するということと、それを 教える先生がやはり非常に重要かなと思っていまして、たぶん弁理士の方も企業の方も、社員や弁理士になった方の教育を大学に期待する場合には、やはり実務 教育、実践教育を期待すると思うので、それを教える先生もやはり大学の側にいないといけないと思います。
 こういった意味では、生徒同士も異業種交流をしなければいけませんが、先生方も各界が、例えば法曹界や弁理士会や企業が大学に先生を派遣できるようにす るなど、もう少し制度設計を簡便にしていくと、我々が期待する人材を育てる教育プロセスに向かって進むのかなという印象を持ちました。
 では以上をもちまして、第2セッションを終了いたします。ご清聴ありがとうございました。