第1セッション「知財立国に求められる知財人材とは」

座長清水初志氏
春名雅夫氏
山本貴史氏
ロバート・ケネラー氏


座長 清水初志氏

(清水)それでは第1セッションを始めさせていただきます。基調講演におきまして竹田先生は知財立国を実現するためには、さまざまな分野で 知財人材が希求 されており、また各分野が連携して、その育成に当たる重要性について明確に指摘されました。第1セッションにおきましては各分野でどのような知財人材が求 められているのか、その期待像を重点的に議論したいと思います。できるだけ具体的な議論が行われるように努力いたします。
 また議論を活性化するために、事前打ち合わせは最小限にしてありますので、私自身もどのような議論が行われるのか楽しみにしています。また各パネリスト の先生方には、あくまで個人の立場で自由な意見を述べていただくようにお願いしてあります。なお、この後の第2セッションにおきましては、人材育成の方法 論を重点に議論が行われる予定です。

外部専門家の役割の重要性

(清水) それでは、議論のたたき台といたしまして、日本社会において知財人材に代表されるスペシャリストが、いったいどのような位置付けであるのかとい うことについて、まず私見を述べさせていただきたいと思います。特に、日米において比較してみたいと思います。なお、米国もいろいろな、かつ深刻な問題を 抱えております。ただ今回は、アメリカのアップサイドの部分を中心にお話させていただきますので、ダウンサイドの方は大胆に割愛させていただくことをご了 承いただきたいと思います。
(図1)
 日本におきましては産官学の人材の流動性は一般的に低いといわれていまして、外部専門家との流動性も低いといわれております。アメリカにおきましては、 外部の専門家を中心として人材の流動が行われています。即ち、外部の専門家がハブになっているというのが実態ではないかと思われます。
(図2)
 次に、意思決定の観点から会社組織を見てみたいと思います。日本においては、意思決定の主体であるボードメンバーはジェネラリストでして、専門家はその ボードメンバーに対して専門的な知見を述べる、参考意見を述べるということが主でありまして、外部専門家もそのような位置付けになっていると思います。米 国においては、ボードメンバーはそもそも非常勤がほとんどですが、知財、経営、技術、法務、財務などの多様な専門家が集まって、その専門家集団が意思決定 の主体になっているというところが特徴であると思います。また外部専門家の意見も重要な意見として取り入れられます。
(図3)
 このことから専門家としての共通のミッションはいったい何だろうと考えてみます。専門家というのは日本ですと国家資格にリンクしてくると思われがちです が、米国は必ずしもそうではなく、社会的ニーズに沿った様々なスペシャリストが存在します。どちらにせよ、専門知識をビジネスの現場に能動的に注入するの が専門家としての共通のミッションであると思います。専門家は、異なるバックグラウンドの人が抱える問題について、その人が理解可能な形で専門的見地の解 決案を提示しなければなりません。即ち、身内といいますか同じムラではなくて、異なるバックグラウンドの人の意思決定に能動的に供与することが、専門家の 本来のミッションであろうと考えられます。そのために、高い言語能力をはじめとする、インターフェースの能力が必要とされるわけです。これは主に実践に よって獲得されているような気がいたします。実践によってこそ真の専門家としての情報収集、問題分析、解決能力、そして提示能力というものが身に付いてい くのだろうと思います。
(図4)
 その辺を少し図式化してみますと、この「I」のところはインターフェースの意味ですが、米国においては、それぞれの専門家がほかの専門家にもきちんと自 分の意見、しかも専門的な意見が伝えられるようなインターフェースを持っているという状況にあると思います。逆にこれを持っていない人は使ってもらえない ということになるのだろうと思います。そして、このIがあたかも磁石のように機能して、意思決定の主体が有機的に形成されるところが1つの特徴であろうと 思います。
(図5)
 1つの専門知識を獲得した後で実践経験を積み、インターフェースの能力を獲得します。私は、さまざまな専門分野において、原則としてはインターフェース の部分というのは共通の能力ではないかと思っております。すなわちインターフェースは現実のビジネスに参加するためのパスポートだと思います。このイン ターフェースを有した状態で他の専門知識を獲得して、ダブル・メジャーになることもできます。また、インターフェース自体の能力を一層高めていくという選 択肢もあると思います。個性に応じていろいろな多様性が出てきます。
 すなわち米国においては専門家のポートフォリオというのが、重層多彩ではないかと思っております。そして専門家として高度なビジネスの意思決定に参画で きる。すなわち特定のニーズがあったときに、さまざまな最適のスペックの人が、磁石のようにきちんと結合して、最適なチームができるという予定調和的なフ レキシビリティーというのが、米国の強みなのかと思っております。また、私の米国のボードメンバーとしての経験では、それぞれのメンバーの好奇心が旺盛 で、相手の言ったことを勉強してやろうという意欲が旺盛でありまして、それが1つの原動力になっているのかとも思います。
(図6)
 新たな専門知識を獲得しますと、実践経験を蓄積し、インターフェースを獲得し、視野が拡大し、モチベーションが向上され、そこに自分の個性というものを 考えながら、またどんな自分をつくっていこうか、どういう専門知識を新たに獲得していこうか、という主体性のあるサイクルがうまく回ると、ユニークで多彩 な専門家が誕生するという図式になっているのかと思います。
(図7) 
専門家としてのインターフェースは、専門家がビジネスに参画するためのパスポートのようなもので、これは実は専門領域によらず共通のものではないか、とい うことが私の主要な観点です。個性に応じた多様な専門性ポートフォリオが形成されれば、社会全体の観点から見ればニーズに応じた多様な専門家が輩出されま すし、個人の観点から見れば、個性に適合したモチベーションの向上が図られるのではないかと思われます。これで一応たたき台としてのプレゼンを終わらせて いただきます。
 それでは各パネリストの先生方に、現在または過去において、関わられた知的財産に関する業務の内容を簡単にご紹介していただきまして、その業務を遂行す る上で必要とされる知財人材像について、ご意見を述べていただければと思います。

企業において求められる知財人材


春名雅夫氏

(春名)中外製薬の知的財産部長をやっております春名です。よろしくお願いします。初めのセッションでは「企業が求める知財人材」というテーマで、簡単に 説明させていただきたいと思います。
 この場では企業の方も電気の方、機械の方、あるいは官庁の方、大学の方が来られているのですが、私自身のベースが製薬ということで、そちらの方に話しが 少し偏るところがありますので、まず製薬業界の知的財産の特徴を簡単に説明させていただきます。
 製薬業界の知的財産の特徴としては、3つぐらいあるのではないかと思っています。まず一番目に、製薬としては1件ないし数件の特許で製品をカバーするこ とが可能であるということです。基本的に医薬品の場合は1つの特許で世界を牛耳ることができるということで、せいぜい5つぐらいで十分なのです。この辺が 電機や機械、車などとは違うのではないかと思います。先ほども少し話が出ていましたけれども、クロスライセンスというのはあまりあり得ないという業界なの です。
 それから2番目が研究から製品化まで長時間必要であるということです。特許の寿命が長いということなのですが、今は特許を出してから製品になるまでに 15年ぐらいかかります。またできた製品も非常に長いです。例えばアスピリンやペニシリンというのは今でも使われています。そういうことを考えると非常に 長いということで、特許期間の延長制度、要するに5年延長は活用するのは当たり前であるという業界です。
 それから3番目が多額の研究開発費回収のため、外国出願が必要であるということです。当然、時間はかかり、かつ金も掛かります。昔は100億円ぐらいと 言っていましたけれども、今は150億円や200億円掛かるといわれています。そうしますと日本国内だけではそれが回収できないので、外国出願が必要に なっています。出願そのものは非常に少なく私たちの会社でも年間100件ぐらいですが、そのうちの80件ぐらいは外国出願をしています。また国数も今、非 常に増えています。そこがほかの業界と少し違うのかと思っています。この辺がベースになっていますが、今後の話はできるだけ企業全般にかかわるような話を していきたいと思います。
 経営戦略を支える知的財産といいまして、当然、経営戦略の中で研究戦略、営業戦略がベースになるとは思いますが、現在はその根底に知財戦略というものが あるということになっております。今、研究戦略という話になるのですが、特に医薬品の研究といいますと、先ほど言うように特許があるかないかによって研究 をゴーするのかストップするのかが決まります。特許は1つしかないわけですから、特許がないようなものについて、あるいは他社が特許を持っているものにつ いては進めない、研究できないということがあります。
 それから営業戦略においても特許が切れれば後発の薬が出てきて、それで営業ができなくなるというという業界です。アメリカなどは特許がある間はシェアが 100%のものが、特許が切れた途端に10%や20%に陥ります。日本もそのような傾向になりつつあります。そういうことを考えると、研究も営業もその根 底に知的財産を考えないと、経営がやっていけないということが起こります。これはたぶん薬だけではなく、ほかの業界でもこういう事態が生じているのではな いかと、私は推測しております。
 この知財人材の変遷というものを考えてみたのですが、この10年、20年で世界が変わってきました。人材の方も能力が変わってきているのではないかとい うことで分析してみました。
まずグローバル化によって、どういう人材が必要になってきたかということですが、科学、法律、語学が国際水準まで向上したということです。特許の人材とい うのはサイエンス、リーガル、ランゲージ(イングリッシュ)、この3つは備えていなければいけないということがよくいわれます。それがグローバル化によっ てますます高度化されてきた、そういう人材が求められるようになってきたということがいえると思います。科学においては当然、先端技術を吸収しなければい けませんし、法律も日本の法律だけではなくて当然、各国、欧米の法律も知らなければいけない。語学についても英語だけではなくてひょっとしたら第三外国 語、中国語や韓国語まで必要になってくるかもしれないというように、その能力がだいぶ変わってきました。
2番目は知的財産権の地位の拡張です。これは先ほど言いましたように、経営戦略の根底に知的財産戦略があるものですから、当然ビジネスマインドが要求され ます。先ほどのサイエンス、リーガル、ランゲージ以外にこういうビジネスのマインドが要求されてくるのではないかと思われます。
 3番目は科学技術の急速の進歩です。これはもう皆さんも実感しておられると思いますが、このときにやはりスピーディーな対応、迅速な対応が必要になって くると思います。過去であれば100%近く調査かつ100%分析し、それでどうしようかと考えてゴーサインが出る、あるいはストップするということになっ たと思いますが、今は50%ぐらいの段階でどうにかしなければいけません。開発をやめるのか、あるいはライセンスをもらいにいくのか、あるいは特許をつぶ しにいくなど判断を求められるようになってきました。これは技術進歩だけではないでしょうが、時代の流れとしてそういう能力が備わる人材が必要になってき たということがいえます。
 これは少し趣が変わるテーマですが、(図)ここに4つの性格を挙げましたが、当社が今年の新卒の学生をリクルートするときに、こういう人に来てもらいた い、あるいはこういう人は知財部に向いていますというプレゼンをしたときの内容の項目です。1番目が常に先端技術に接したいと思っている好奇心旺盛な人。 これは特許の基本はサイエンスですので、サイエンスに興味のないような人は困るということです。2番目は相手が納得するまで論理的に話をすることができる 粘り強い人。これは特許というのは裏方やインタビュアーというものがありますが、研究者、発明者と接しなければいけません。そうするとそういう話を聞い て、まとめる力がなければいけないということです。
 それから3番目は10年後、20年後の技術動向を見据えて戦略を立てることができる洞察力のある人。これは特に医薬品の場合にはいえると思いますが、先 ほど言いましたように特許の寿命や、技術の寿命が長いものですから、やはり数年先のことが読めるような人でなければ困るということです。4番目は外国弁護 士や海外企業担当者と英語で仕事をしたいと思っている人。これは今でいうグローバル化の流れからこういう人が必要ではないかということです。
 これらがすべて備わっている必要はないでしょうけれども、皆さんご存じのように能力は変えられたり、向上したり、減退したりするのですが、性格は本来的 には変わらないです。やはり知財部員に向き、不向きの人がいると思うのです。その不向きの人にいくら能力を与えても、なかなか優秀な知財部員は育たないの ではないかと思います。そういうことを考えますとこういう性質をできるだけ持っている人に能力を与えると、優秀な知財部員が早く育つのではないかと考えま す。このような観点をリクルートで使ったときは、すべて備わっていなければだめですということではなく、このうち1つか2つぐらい丸が付いている人はぜひ 来てくださいということで説明していました。
 今の4つの性格をもう少し分析してみたのですが、(図)1番目の好奇心旺盛な人、これは何でも興味を持つ人ではないかということです。
 話ができて粘り強い人というのは、話好きで物おじしない人。
 10年後、20年後の技術を見据える人というのは夢を持っている人。
 外人と英語で話せる人、人見知りしない人、こういう性格の人が知財部員に向いているのではないかと思ったのですが、この4つを私が見てみまして愕然とし たのですが、この4つのうち夢を持っている以外の3つというのは、うちの家内に非常に似ていましてこれはやばいなと思いました。これは私のイメージとは少 し違うと思ったのですが、夢を持っているのは違うのかと思ったのですが、先日、家内から言われたは「最近、夜が眠れなくて夢をよく見るの」と言われたの で、また愕然としまして、4つとも備わってしまうと私のイメージと全然違うと思っております。
私自身がこの4つの性格からイメージしたのは次です。(図)少年少女の感情を持ち続けているような人、こういう人がいいのではないかと、私自身は経験上も 思います。ただ私が上司の立場から言うと、こういう部下は本当に扱いにくい。たぶん自分勝手で上司を上司と思わないような人だと思います。ただこれは上司 の立場から言うと、こういう人を育てないとだめなのです。こういう人を根気よく我慢して育てると非常に優秀な知財部員、これは企業だけとは限らないのです が、知財部員が生まれるのではないかということが、私にとっての戒めの1つとして、今後考えなければいけないと思っております。皆さん方もひとつこの辺の ことを考えていただきたいと思っています。以上です。

大学TLOにおける知財人材(アソシエート)の役割


山本貴史氏

(清水) どうもありがとうございました。それでは山本先生お願いいたします。

(山本) 東大TLOの山本です。少年のような感情を持ち続けておりますので、もしかすると中外製薬さんの知財部員に向いているのかと思ったのですが、後 でお聞きしたら昔の上司はもしかすると扱いづらかったのかなと思いました。私はここに来るなり特技懇の方から「山本さんは最近、髪を伸ばしているんです か」と言われたのですが、実は伸ばしているのではなく、まったく土日の休みがなかったので、切る暇がないということで、社長がこんなに忙しい会社というの は、人材育成はどうなのだろうかと思ったのですが、勤労感謝の日だけ休みだったのですが風邪をひいてしまいまして、タイトルにありますが「企業が求める知 財人材」というのは、もしかすると体力がある人なのではないかと最近は思っております。前置きが長いので私の話に入らせていただければと思います。
 まず、私どもの仕事をご理解いただくために、東京大学TLOの業務についてお話しますが、その前に、最近知財本部ができて知財本部とTLOの関係はどう なっているのかというのは、各大学によって役割が違いますので、そこについて簡単にご説明をさせていただきます。
 まず研究者の方が発明をされますと、この1番の、東京大学は知財本部と呼ばずに「産学連携本部」と呼んでおりますが、この中に知的財産部がありまして、 ここに発明開示シートが部局の知財室を経て届きます。届きますと、私どものところは同じ建物の同じフロアにオフィスがありますので、10秒で発明開示シー トが届きます。私たちがその後研究者に直接インタビューをしまして、ここで主に特許性や市場性ということについて、ヒアリングをさせていただいています。
 その後に先行特許の調査や、あるいは市場調査というものを私どもの方で行って、特許の大学としての承継を受けるかどうかという、もっと端的に言うと出願 するかどうかの推薦をさせていただき、出願をしましょうというものに関しては、私どもの方から弁理士の先生方に出願の依頼をさせていただいて、その後マー ケティングをしてライセンスをさせていただくという流れになっております。私たちはこの業務を扱う人間をライセンス・アソシエートというふうに呼んでおり ます。アソシエートの人がインタビューから調査、出願依頼、ライセンス活動をすべて担っているという役割になっております。
 TLOや知財本部ができて産学連携がどう変わったかという話ですが、従来から産学連携というのは別になかったわけではなくて、ただ従来の産学連携という のは企業の方が大学の研究室、あるいは教授を訪問して技術の仕入れに来るというのでしょうか、マーチャンダイジング型の産学連携が多かったのではないかと 思っております。
 これが知財本部やTLOができたことによってどう変わったかというと、従来型の産学連携、マーチャンダイジング型もあったと思うのですが、今度は大学の シーズを産業界にマーケティングをするという流れができてきました。ベクトルで言えば180度違う流れができてきたということが、非常に大きな転換ではな かろうかと思っております。これによって学会や大学の中では、非常に著名な先生は、今までも産学連携は十分できていたというところでしょうが、私どもが入 ることによって、例えば学会ではあまり有名ではない学生の方の発明や、学会とは違うような成果が生まれてしまった先生の研究シーズというものを、産業界に 移転をするような流れができたということです。当然そうなってくると、そこを担う人の業務というのが変わってくるというのが、今回の私のポイントです。
 米国はどうなっているのかを、少しとっぴではありますが、AUTM(Association of University Technology Managers)という、アメリカではTLOの協会といった方がいい団体があります。米国では私のような仕事をやっている人間は3,000人ぐらい大学 の周辺にいらして、そこのオータムのまとめで出たものですが、2002年のものがホームページ上では一番新しかったのでそれを出しておりますが、1年間の 発明開示がアメリカの大学だけで1万5,000件を超えていて、特許出願が7,000件を超えています。総ライセンス件数ももう4,600件を超えてい て、ロイヤルティー収入に至っては、だいたい1,400億円ぐらいになるのでしょうか、1,500億円ぐらいになるのでしょうか、それぐらいのロイヤル ティー収入が入っています。産学連携による新製品の開発も、1年間で569件も出ています。
 要するに大学のシーズを基にした製品が1日1個以上は生まれているということです。ベンチャーに至っても1日1社以上のベンチャーが生まれているのが実 態です。日本も早くこれに追いつけるような体制整備が、求められているのではないかと思っております。
 先ほどお話しさせていただいたライセンス・アソシエートの業務を別のフローで見てみると、発明開示から権利化、企業情報の収集、マーケティング、ライセ ンシングというように分けました。企業情報の収集はもっと前から始まることもあるので、この通りの流れということではないですが、一般的な流れとして見ま した。先ほどの清水先生の話に少し似ているかもしれません。私どもは大学のTLOですので技術が分かる能力と一言で書いておりますが、これは非常に難しい ものがあります。
 例えば毎日いろいろな種類の発明が生まれて、それは創薬につながるようなバイオテクノロジーの技術があったり、あるいはバイオといっても、バイオ・イン フォマティクスみたいなものもあれば、燃料電池や太陽光発電、ソフトウエアなどさまざまな技術が生まれてきます。それらの技術をどう把握するかといった技 術の把握の仕方というのでしょうか、こういった勘所が分かっていないとだめだと思います。
 権利化に至ってもどういう特許戦略、どういう特許を取りにいけばよいのかというのを、単に優秀な弁理士の先生にお願いして先生と引き合わせをして、明細 書を作ってくださいということではなくて、そこをコーディネートしなければいけない。少なくともこの部分は権利として取りたいと導いていかなければならな い。その段階ではアソシエートに求められるのは、ライセンスを考える、つまり使う側の企業の立場を考えて、極力そこに有効な事業が成立し得る、広い権利を 取れるようにオーダーをしなければいけないのです。
 企業情報、マーケティングをまとめて言いますと、市場が分かってマーケティングのセンスがあることが重要で、これも先ほどのようにさまざまな技術が出て きたときに、マーケティングのセンス、これが一番重要ですが、その会社のどこの事業部門と話をすれば興味を持っていただけるかというセンスが求められま す。ライセンシングに至っては契約締結になりますので、契約書を自分でドラフトできなければいけません。
 私どものやり方というのは、スタンフォードやMITも同じですが、1人のアソシエートがこのすべての業務を担っております。1人のアソシエートが担うこ とによって、大学の研修者からすれば、ご自身の発明が今どの段階にあるのか、特許出願の手順で言えば、今どこのあたりまでいっているのかというコミュニ ケートもできますし、マーケティングやライセンスの状況といったことについても、すべてが把握できるという利点があります。
 ただ、デメリットとして考えると、これをすべての能力を身に付けるというのは難しい話で、このすべてのバックグラウンドがある人というのは産業界にもな かなかいないと思います。そうすると私どもは、必然的に何らかのエクスパティーズがある人、技術が分かる人、あるいはマーケティングのセンスがある人、あ るいは特許が分かる人という何らかのエクスパティーズを持っている人を採用して、ほかの専門性を付けていく、つまり教育していくということが求められると いうのが実態であります。
 別の見方をするとライセンス・アソシエートの仕事というのは、例えばエージェントという見方があります。研究者のエージェントとしての役割、顔というの でしょうか、そういった部分もありますし、特許の進行管理やマーケティング・プロセスの進行管理。例えばマーケティングをしている間に国際出願の期限が来 る、優先権の期限が来る、あるいは各国移行の期限が来るなどいろいろな特許の期限の管理なども必要ですので、こういった進行管理も必要になってきます。
 IP戦略と書いたのは、どういう特許を狙いにいくかということを、自分で企画できないといけないということです。マーケッターとしての素養が求められま すし、企業の方とコミュニケーションするとネゴシエーターでなければなりません。契約企画という言葉があるかどうか分かりませんが、契約書がしっかりと理 解できる人でなければいけません。
 こういうことができる人はコミュニケーターであり、メディエーターであり、プロデューサーのような役割であり、アコモデーターというのでしょうか、コン センサスをどんどん醸成できるような方という多彩な部分が求められます。私もまだまだそこまではいっておりませんが、非常に求められる部分は多いというこ とです。
 ただアソシエートの仕事というのは非常にやりがいがある仕事で、未来に絵を描く仕事というのでしょうか。1つの研究シーズを基にしてこれがどうコマー シャライズされていくのか、どこの会社を通じて世に出ていくであろうか、それはどういうようなプロデュースのされ方をされるのであろうかというのを自分で 考え、それがうまくいったときは非常にやりがいがありますし、社会に対する貢献度も高いという仕事ではなかろうかと思っております。
 私どもでは、先ほどのATUMの日本版に相当するような、大学知財管理・技術移転協議会という団体がありまして、またその中に、人材育成・ネットワーキ ング委員会というのがありまして、私はその委員長をやっておりますが、全国のTLOや知財本部の方を集めてさまざまな研修をやっております。昨年、最初の アソシエートのための基礎講座というものをやりまして、ほとんどのノウハウはOJT(オンザジョブトレーニング)で身に付けるものですが、それをケースメ ソッドのような形にして、例えばこういう架空の技術があったときにどう評価するか、どこに持っていくか、ターゲティングをするか、どういうライセンス条件 を付けるかというようなものを行いました。
 これは来年も企画をしておりますが、今年の8月6日から8日に、日本版ATUM型研修という形で全国知財本部TLOの方を集めて、今も問題になっており ますが、例えば共同研究契約をしたときの不実施補償みたいな話は非常に大きなテーマになっているので、それを産業界の方と大学の方でコミュニケートしてい く、あるいはマテリアルトランスファーについてはどう考えるかということを、ちょうど国立大学が法人化された年ということもごありまして、みんなで意見交 換をしながらコンセンサスを高めていき、なおかつよその大学の方とはあまり面識がありませんので、ネットワーキングを作っていくという試みも行いました。
 それと一番下のところでは、実は私が土日休みでなかったのは仕事をしていたというより、こういう人材育成で金土日で2週間分やっておりましたので忙し かったからなのですが、またアソシエートのための基礎編と応用編という形で、かなり実践的な教育・育成というのをやっているというところです。以上です。

(清水) どうもありがとうございました。研究者は創造的であり、知財の仕事はどちらかというと受け身であるという印象を持たれている方もいらっしゃるか と思いますが、春名さん、山本さんのお話を聞いていますと、まったくそうではなく、知財の仕事は柔軟性が要求される、極めて創造的な仕事であると再認識し ました。そして春名さんも山本さんも今の仕事を楽しんでいらっしゃるというのが、皆さんに生き生きと伝わってきたのではないかと思います。

米国TLOにおける知財人材


ロバート・ケネラー氏

(清水)それではケネラー先生、よろしくお願いします。

(ケネラー) 東大先端研のケネラーです。
 最初に4つの大学TLOの人材の構成要素を紹介し、その後で一般的、比較的なコメントをしたいと思います。最初はNIH Office of Technology Transferです。ここの教育ラボのスタッフは34人ですが、そのほとんどが法律スペシャリストであり、弁護士は少なくとも8人、科学系のドクターを 有しているのは20人です。これは素晴らしいケースですが、日本で採用するには適切なケースではないと思います。このことについて後ほど説明します。
(スライド)
 これはスタンフォードのOffice of Technology Licensingです。博士は一人、弁護士も一人であり、修士は少なく、大部分の方は学士しか持っていません。8割が女性です。しかし、これが一番大事 なことですが、民間経験者が多いのです。いろいろな研究や他の人の研究によってほぼうまく機能できるようなスタンフォードOTLは、日本に対して適切なモ デルであると思います。
(スライド)
 これはスタンフォードOTLの皆さんの簡単な履歴書です。
(スライド)
 次にCornell Office of IP Management and Licensingの紹介です。これは有名な科学に強いアメリカの大学です。少なくともトップ20に入る大学の1つです。TLOスタッフは11人です。こ れはこの11人のバックグラウンドです。この方は獣医でかつ博士です。他の博士は4人で修士が3人です。これも男性です。
(スライド)
 これはこの大学TLOの方の経歴です。僕の意見では、これらの方々の民間企業経験は、スタンフォードの方に比べてそんなに適切ではありません。
(スライド)
 パデューはインディアナ州の科学技術大学です。インディアナ・ユニバーシティーは文系学部の他、医学、法学、エンジニアリング、工科学、物理学などの学 部を有しています。アメリカの州立学校のうちでは有名な大学です。パデュー大学のTLOスタッフは少なく、民間経験を持っていないため、適当ではないと思 います。これに対し、スタンフォードの強さは、スタッフに民間の勤務経験があるという点です。
(スライド)
 スタンフォード大学OTLの方々のその他の強みは、コミュニケーション能力だと思います。なぜ僕がこういうことを言ったかというと、ある調査で、スタン フォードの研究者の教授とほかの大学の教授にアンケートをした結果を比較すると、ほとんどのスタンフォードの研究者は、もし発明があったらスタンフォード OTLの、誰に連絡すればいいかということが分かっているからです。
 技術が登録されたら、すぐにディスカッションを行います。このスタンフォード大学のOTLの発明過程は、すごくスムーズでかつ速いです。その意味で一番 大事なことはコミュニケーションです。OTLの方は、いろいろなほかの組織、発明者、研究者、民間の会社の方、弁護士、弁理士とのネットワークがありま す。このOTLの方の責任はいろいろな事項をネットワーク化するということですので、コミュニケーションが一番大切で、加えて科学か工学の経験、実際の民 間の経験も大事です。
(スライド)
 では、法律の経験はどのくらい大事なのでしょうか。実際、TLOスタッフの内部の弁護士は少なく、弁理士はさらに少ないです。ほとんどの法律の仕事、特 許系の仕事はアウトソーソーシングします。もちろん技術移転に対してと、基本的な特許法律は必要ですが、法律博士ほどの専門知識はいらないのです。
 特許法のベーシックポイントが分かるということは大事です。しかし、私の意見としてはTLOの方とほかの大学の方が、特許法に関し1週間ぐらいのトレー ニングをやれば十分だと思います。

(清水) 示唆に富むいろいろな情報が提示されたと思います。ケネラー先生はNIHご出身ですけれども、NIHの技術移転オフィスは、構成員の8割以上が J.D.かPh.D.を持っているという資格者集団です。NIHは官ですので、政府としてのポリシーに基づいて、ライセンス方法など様々な自由度の制限が あると思います。雰囲気としてはUSPTOに似たところもあるのかなと思っています。
 一方、大学の方は、資格ではなく産業界の経験を重視して採用していて、結果として必ずしもJ.D.やPh.D.が多いわけではありません。すなわち、実 際の商売をして、実際に売らなければならないというプレッシャーが掛かっているので、資格よりも産業界の経験重視の構成になっているのかと思います。
 ここで質問ですが、NIHの技術移転オフィスと大学の技術移転オフィスとで、定着率に違いはあるのでしょうか。

(ケネラー) NIHのOTT(?)の34人中、僕が知っている名前は6人ぐらいです。僕は1997年、およそ7年前にNIHを辞めて日本に来たのです が、あのときは5割以上の方の名前を知っていましたが、それが今は6人しかいない。その6人はOTTの偉い方です。つまり偉い方はあまり代わらなかったけ ど、下の方は代わりました。1つのNIHのキャリアパスは、特に例えばJDを持っていた方が、NIHに勤めて、特許試験の勉強をして、合格して、特許事務 所に移るケースです。ほかのキャリアパスは、JDを持っていて、NIHで4年間ぐらい働いて、後で薬品会社、製薬会社かバイオテクノロジー会社でIPカウ ンセラーになったというケースです。
 ターンオーバー(転職率)が非常に多いことは、NIHの仕事にもしかすると悪い影響があるかもしれません。しかし、トレーニングとしては悪くないと思い ます。清水先生がNIHの状況、USPTOの状況に対してお持ちのイメージは適切だと思います。

(清水) 大学の技術移転オフィスのターンオーバーについてはどうですか。

(ケネラー) 1998年のスタンフォードOTOの名簿をプリントアウトして、比べてみたことがありました。スタンフォードの一番上のスタッフの方はあま り代わっていませんが、リエゾンの方とソーシャルの方は代わりました。スタンフォードもターンオーバーがあると思いますが、NIHに比べたら、そんなに早 くないと思います。

(清水)USPTOも定着率が非常に悪いと思います。また、米国の法律事務所、特に西海岸の法律事務所の定着率は驚異的な低さで、やはりスペシャリティー が増せば増すほど、流動性が激しくなるような気がします。逆に大学の技術移転オフィスの定着率がいいというのは、そちらの方が刺激的な仕事であるという見 方もできますが、一方で、流動できる人材が排出されることも重要です。キャリア・パスとはいったい何だろうということを考えさせられる結果だったと思いま す。

知財人材に求めるスペックと確保のあり方

(清水)今までの議論で、かなり一般的な問題点が浮き彫りになってきたと思います。各パネリストは今までのご経験上、知的財産に関するさまざまな具体的な 問題を取り扱われたと思いますが、その解決にはどのようなスペックの人材が実際に役に立ったのかということを、エピソード的なことも含めてお話しいただけ ると、より具体性が出てありがたいと思います。また、可能ならば、そのような人材を確保するために、具体的にどのような努力をされてきたかということもお 話しいただきたいと思います。

(春名) 私自身、知財人材の能力というのは3つであると思っています。
 1つは、これは昔からいわれていると思うのですが、緻密な能力です。私の会社で15年ほど前にアメリカで特許の係争をやったときに、私の上司だった人間 が「他社の明細書はミリ単位で読みなさい。行間についても考慮しなさい」、「自分たちが出す明細書、あるいは答弁書については、一字一句注意しなさい。第 三者に揚げ足を取られないようにしなさい。」とよく言っていました。いわゆるこれは、特許の職人さんといわれていた人がよく言っていた言葉ですし、また実 際そうだと思います。これは今も変わりません。やはり裁判にしても、特許庁の審査にしても、すべて文章でやっていますので、下手な文章、あるいは揚げ足を 取られるような文章を書くことはだめで、そういう緻密な能力というのは、今も求められています。
 ただ、それだけでは今はだめではないかという気がしています。それプラスアルファがいる。そのプラスアルファとして、私は今2つぐらい必要じゃないかと 思います。
 1つは、迅速な対応のための大胆な実行力です。100%調査して分析して、それで決めるような段階まで待ってくれない。50%ぐらいの段階で判断しなけ ればいけない。
 特に具体的には、開発を進めるのか、やめるのか、というところです。1つはライセンスをもらいにいく、もう1つはつぶしにかかる。もう1つはもう開発を やめてしまう、変更する、その辺の判断を求められる。そういうのはやはり大胆な実行力が必要ではないかと思います。
 もう1つが想像力です。これは研究者は持っているんでしょうけれども、知財部員も、私は必要だと思うんです。私の経験からいうとやはり一番持っているの は、やはり研究者です。1つ例を挙げますと、ゲノム関係、遺伝子関係の発明が出たときに、どういうクレームをしたらいいかということを出させたことがある んです。そのときに10個ほどクレームが出てきました。それはある研究者が出してきたんです。そのうち5つぐらいは誰でも考えるクレーム、あとの3つか2 つぐらいは、くだらない、どうしようもないというクレームでした。
 残りの2つ、3つが、これはひょっとしたら面白いんじゃないかと。こういう考え方があるのかと。これはひょっとしたら特許が成立するかもしれない。もし 成立したら、すごいインパクトのあるクレームじゃないかと。これは第三者はものすごく困るんじゃないかと。そういうのを見つけ出す能力が、その研究者は あったんですけれど、知財部員も当然、こういう能力が今後求められてくるのではないかと思うんです。
 ただ、クレームだけではなくて、例えば特許の手続きで、分割出願を今は当たり前に使います。要するに、完全に特許になる発明は、親出願で残しておいて、 ひょっとしたらこれは特許になるかもしれないけど、なかなか大変だという発明は分割出願して後に回すとか。そういう発想は、20年ほど前はあまりなかった ような気がするんですが、そういう発想を持ってきた人もいます。クレームについても、ビジネス特許なんか、昔は考えられなかった。しかし、そういう考えも 必要になってくる。
 だから、知財部員というのは、やはり想像力が必要だと私自身は思っています。そういう前にはあまり求められなかったものが、だんだん求められてきている のではないか。そうすると、そういう能力はどうやって養うのかという点ですけれども、やはり1つはOJTであると思います。そういう修羅場にどんどん若手 を抜擢するというのが1つです。それによって、その人たちも向上していくのではないかと思います。
 訴訟や、あるいは異議申し立てのオーラル・ヒアリングをヨーロッパなんかではやっていますが、ああいうのにどんどん参加させる。そういうところで養って いくんじゃないかという気がしています。それと、グローバル化が叫ばれていますので、たまたまうちは今、ロシュ・グループに入っているものですから、ロ シュの知的財産部の方にどんどん今後、出していきたいと思っています。それによって力が付いてくるのではないかと、私は思っているんです。
 そうすると、グローバルなセンスのある知財部員が生まれてくるのではないか。それを選ぶに当たって、先ほど出た性格というのが、1つあると思うんです。 それに向いている性格の人間を修羅場、あるいは苦労する場に投入することによって、非常に伸びてくるのではないか。この人選というのも1つ大事なのかと 思ったりします。
 やはり人選して、伸びる人を出さないといけない。そのセレクトをするのが今の私の立場だったら、そういうところで苦労するのかと思いつつ、やはりこれは やらざるを得ないというのが、今までの経験からの意見です。

(清水) 春名さんの研究者に関するお話を聞いていて、知財の専門家には、研究者の洞察力を見逃さずに拾い上げるための謙虚さが求められている気がしまし た。例えば、特許の専門家から見ると、研究者の提案するクレームは常識はずれの形式をとっていたとしても、逆に常識はずれの中にユニークな発想を見いだす というような謙虚さが求められるのかという気がいたしました。
 セレンディピティーという言葉があります。ナイロンの発見や、ニュートンがリンゴの木の落ちるのを見て万有引力を見つけたというように、偶然の自然現象 を見逃さずに、深い洞察力を持って発見をしていく力というふうにいわれています。例えば、ナイロンも実験の失敗という見方で見れば、それで終わってしまっ たと思います。しかし、実際に膜ができているという素直な目で見た場合、そこに偉大な発明があったわけです。専門性を身に付けながら、その専門性を脱却す る謙虚さ、パワーが求められると感じます。それでは、山本さん、お願いいたします。

(山本)どういう人材を、どう募集しているかというような話で、私たちは特許の移転ではなくて技術移転という言葉に、実は非常にこだわっております。
 東大の中山先生が、特許と技術の違いみたいな話で、技術をディスクライブしたのが特許というような表現を、確か本の中でしておられましたけれど、特許の ライセンスというより、私たちの仕事というのは技術の移転です。この特許は興味ありますかというような話を持っていっても、ライセンスが決まるということ は、ほとんどない。
 それよりは、この技術を基にした新規事業の提案、またはそれに近いような話をしなければ、おそらく経営者の方は理解をしていただけないということが多い のかと思っていまして、そういった意味では、その新規事業の提案ができるような能力が必要であって、それが先ほど申し上げたような、いろいろな専門性、エ クスパティーズを持っている人だと思います。
 採用基準の7つの項目というのを、昔、私が前の会社にいたときに、同僚のハラさんという人と一緒に作ったのですが、新規事業の提案をするような人という のは、お見合いのおばちゃんに非常に似ていると思います。まずフットワークがすごくいいことです。それと、情報収集能力にたけていること。やはり足で稼い で、研究室をいつも回っているとか、情報収集をして企業情報、あるいは研究室の情報を稼げないと、なかなか情報も集まらない。そもそも、良いだけの技術と いうのはありません。性能が10倍になるけれどコストは3倍になりますとか、環境に優しい技術ですけど、またコストが高くなりますとか、その手の話が多い わけですが、いいところをうまく伝えられないとだめだと思います。
 お見合いのおばちゃんというのは、そこをうまく伝えられます。無口な男の人は、何か包容力がある、どっしりとした感じ、という風にうまく伝える。こう いったところが必要で、私たちの場合は研究者の方、あるいはライセンシーの候補の企業の方を含めて、適度なおせっかいができないといけません。
 一方、5番目ですが、双方から嫌われないキャラクターも必要であると思います。お見合いのおばちゃんはすごくうまいですよね。おせっかいですが嫌われな い。その次に来るのが、実は専門性かと思っています。お見合いのおばちゃんの専門性というのは何なのかというと、結納の段取りとかそういう話かもしれませ んが、私たちの場合は、それが知財であったり、契約であったりということなのかと思います。
 一番重要なのは何だろうという話を昔したときに、これだという結論に至ったのは、やはりそれが好きだということです。お見合いのおばちゃんは何でお見合 いのおばちゃんたり得るのかというと、あれはやはり好きなんですね。私たちは主役ではないわけです。主役は発明を生み出す研究者の方であり、それを事業化 される企業の方であって、言ってみれば私たちはそれを取り持つ、お見合いのおばちゃんであって、黒子なんですが、結婚するとうれしいということ、それが非 常に重要です。MITのリタ・ネルソンというディレクターも、この仕事はセールスというよりは、結婚に似ているというような話をしておりますが、やはりそ ういう要素なのかと思います。
 私たちはそういう基準で、常に公募をしていて、毎年新しい人が入ってきています。なんと今年は、春名部長の元部下だった人が、うちの会社にめでたく来て くださっていて、非常に素晴らしいです。知財も分かっていて、彼はバイオの専門でもあるので、バイオのことも分かっていて、契約も分かる。
 春名部長からすればもう少し、今まで育成したので元を回収したかったという方で、もったいない話ですが、そういう方に来ていただいて立場を変えて活躍い ただいています。あるいは、ライセンス交渉をする中で、ライセンシー候補の方の担当者をくどいたこともあります。本人は転職の意思はあったんですが、その 上司の方に止められました。上司の方ともお話をして、この技術を独占的にライセンスするので、代わりにエクスチェンジしませんかという話をしたんですが、 そのクロスライセンスは失敗しました。
 先ほどのケネラー先生の話にありましたが、米国のTLOの人は全員民間の経験がやはり重要で、私たちのスタッフも新卒以外は全員民間の経験者なんです。 民間の方にどんどん入っていただけるようにということで、先ほどの基準で常に公募をしているというのが実態です。

(清水) どうもありがとうございました。CASTIは新卒も採られていると聞いていますが、新卒とやはり経験者とで、入社後のパフォーマンスに違いを感 じられることはありますか。

(山本) どうしても新卒は、名刺の渡し方から教えないといけないみたいなのがありましたし、産業界の開発の流れとか、販売までのプロセスとか、そういっ た部分が分からないので、教えるのには時間はかかりましたけれど、今はもう3年目になりまして、どんどん海外へのライセンスなどもやっていますので、新卒 の方は若干、産業界の基礎知識を教えるということでの時間はかかりますが、それでも新卒の可能性というのもあるのかと思っています。

(清水)ケネラー先生に、今までの議論を踏まえてコメントをお願いしたいと思います。

(ケネラー) どういうふうにこのTLOの優秀な方をトレーニングするか、日本ではいろいろな議論があります。アメリカ側の場合、授業はありません。 TLOのコースを取った方はいないということです。約5割は大学外の組織で実務経験を持つ方がTLOに入っています。それ以外の方では、大学を卒業して NIHで研究して、すぐTLOに入ったという事例があるくらいです。
 簡単に言えば、TLOの人材はすごくハイモビリティーのプロフェッショナルですから、給料、収入のことは大事なことです。民間と一緒の競争的な収入、給 料が必要です。

(清水)TLOにも、民間と同等の給料をゲットするパワーが必要ではないかということは、非常に面白いと思いました。

コミュニケーション能力、想像力、好奇心そして情熱

(清水)それでは、春名さんから順に一言、今までの議論を踏まえて最終的なコメントをお願いしたいと思います。

(春名) 知財の人材は、ケネラーさんもおっしゃったコミュニケートが一番大事です。これは知財に限らないでしょうけど、やはり1人では何もできない。だ から、それによってうまくやる。
 知財の場合は、特に縁の下の力持ち的なところがあります。裏方とよくいわれていますが、やはりそういうのに徹して、かつ協力してやっていけるような人た ち、それと夢も持っているような人がいいのかなという気がします。
 私の部下なんかを見ていても、夢を持っているような人が伸びています。そういう人をうまく育ててあげていただきたい。そういう個性のある人はなかなか難 しいところがありますが、我が国が知的財産立国になるためには、そういう人たちを育てていく必要があると思います。
 また、人事交流も大事でしょう。あまりにも知財ばかりやっている人間は、偏ってしまう可能性がある。先ほど、TLOの人たちも民間を経験した方がいいと いうのと同じように、企業内においても、やはり人事交流というのは必要だと思います。
 研究者から知財の方に来る人は割に多いのですが、それ以外のところ、例えば企画、あるいはライセンス部門の方も知財に来た方がいい。当社の場合はわりと 少ないです。交流があまりないんです。だから、研究以外のところからも、そういう交流をすることによって、先ほど言ったような能力を持ってくると「鬼に金 棒」になってくるのではないかという感想を持ちました。

(山本) 私が感じるのは、知財立国というふうに、日本は間違いなく変わってきているんだということです。かつて日本が輸出立国であったときに、総合商社 というものがどんどん中核を成したように、知財のエクスチェンジをやっていくような人たちという人が求められていて、あるいはその経営においても、知的財 産の位置付けが、非常に重要な経営指標になってきているということを考えると、知財をマネージする経営ということが、非常に重要になってきたと思うんで す。
 そうすると、単に特許を何件出願するかとか、どの特許を海外出願するかということではなく、その技術自体をどこを強めて、どういう戦略で自社にないもの を外から持ってくるのか、エクスチェンジをしていくのかみたいな話になってきたときに、当然、これを担う人たちの働き方という意味では、変わってきたとい うより、新しい仕事が生まれてきているんだと思うんです。新しい仕事というのは、ベスト・プラクティスみたいなものがあるわけではなくて、多様な中から生 まれてくるものなのだろうと思っています。ただ、やはり新しい仕事だけに大変というか、そんなに簡単にはいかない。
 先ほどの7つのその条件に、1つだけ付け加えさせていただくとすれば、明日とか将来がまったく不確定なときに不安になる人と、わくわくする人がいると思 うんです。南カリフォルニア大学の人が開発したそのテストを私が受けたときは、私はものすごくわくわくするタイプらしいですけれど、そういうある種、前向 きというか、アファーマティブというか、そういう部分が必要なのかと思います。どんどんチャレンジする環境ができればとは思っています。

(ケネラー) アメリカのNIH、スタンフォード、コーネルの例によると、面白いことに、各スタッフ、TLOの委員が行うライセンスは1年間だいたい7件 です。TLOの方の経験は、NIH、スタンフォード、コーネルのそれぞれの人材は違います。しかし、1人年間7件という同レベルの件数のライセンスを行い ながら互いに競争する。これはもしかしたら、自然な現象かもしれません。

(清水)各パネリストの示唆に富んだご発言によりまして、問題点が浮き彫りになったと思います。特に、共通のキーワードとして、コミュニケーション能力、 相手の想像力を引き出す洞察力、柔軟性。そして、広範囲にわたる好奇心。そして、その仕事が好きだという情熱。そして、最後にケネラー先生がご指摘され た、いい意味でのコンペティションということもキーワードになってくるのかなという気がいたしました。

質疑応答

(清水)それでは、ご質問ある方、挙手をお願いします。

(質問者) 特許庁の大熊と申します。大変、興味深いお話、ありがとうございます。それに関しまして、パネラーの先生方に1つご質問といいますか、ご意見 など伺えればと思います。テーマにもなっております知財人材の活動の場が多様化している、あるいはまた従来の枠組みの中でも高度化している、複雑化してい るという印象を大変、強く受けたわけですが、やや手前みそではあるんですが、私ども特許庁の審査官・審判官がこういった多様化する知財の人材のニーズに対 しても、1つの供給源という形での何か希望といいますか、社会からの要請というものが何かあるかどうかといったことを、ご意見を伺えればと考えておりま す。
 もちろん、従来から、例えば特許庁を退官した後に、弁理士となって事務所に勤務するというふうなことは行われておりましたけれども、今日、お話をいろい ろと伺っておりまして、また多様化する中で違った貢献の仕方が、例えば任期付審査官の5年後、10年後を見据えたような場合に、何かまた違った貢献の仕方 があるかどうかということをご教示いただければと思います。よろしくお願いします。

(清水) それでは、企業のお立場から、春名さんにご回答をいただけるとありがたいですが。

(春名) 私もよく特許庁に行って審査官の方と面談するのですが、1つ印象を持っているのは、特許庁の審査官というのは非常にフレンドリーなんです。ほか の官庁に比べたら、非常にフレンドリーで、非常に愛着を覚えます。
 そして、特許庁の審査官、審判官を経験なされた方に共通していることは、先ほど言いましたように、裁判にしても、特許の審査にしてもすべて文章です。文 章がうまく書ける。文章というのは書くためのものではなくて読ませるためのものです。私自身が接触する審査官、審判官の方はすべてよく読んでこられている ので、読んだ目で指摘してくれるんです。例えば、具体的にいえば、ここはもっとはっきり書いた方がいいとか、ここは長過ぎるとかここはもう少し順番を変え た方がいいとか、そういう能力は非常に長けています。それで非常に感心することが多くて、よく自分たちが書いた明細書や答弁書を見てもらうんですけれど、 非常にいい指摘を受けた経験をしました。それは、審判官、審査官の方が下手な文章もいい文章も読んでこられて、その比較ができるので優劣が分かっておられ るんじゃないか。それと、読む目で文章を見てくれているのではないか。その辺は非常に私は参考になりますし、ぜひそういう人材の方が欲しいという気がしま す。

(質問者) ありがとうございました。

(清水) 私は審査官をやっていました。今はバイオ・ベンチャーのいろいろな仕事をやっておりますが、特許庁の外に出て感じますのは、審査官の仕事という のは、毎日自ら意思決定しているわけです。従って、審査官は、意思決定の訓練を、しかも客観的な情報に基づいた意思決定をする訓練を、いやがおうにも毎日 積んでいるわけです。一方、ベンチャー・ビジネスの現場というのは、毎日が意思決定、しかも客観的な実務に基づいた意思決定を本来しなければいけないの に、実はなかなか迅速にできないことが多いのです。それは、意思決定をする訓練が積まれていない場合もあるからではないかと思うのです。その辺で、私は審 査官のポテンシャルというのが、バイオビジネスの現場に生かされるのではないかと思っております。
 それでは、時間になりましたので、これで第1セッションを終わらせていただきます。パネリストの皆様、本当にありがとうございました。ご清聴、ありがと うございました。(拍手)